第33話 疑惑

文字数 2,546文字

「と言うわけだ。あの女は俺たちが呼び出す事を知っていたって事で証明終了だ。」

 工藤が二回ホワイトボードを強く叩くと、いっぱいに記された文字の羅列を見て片桐がうーんと唸る。

「確かにそれも新たな疑惑なんだけど、この作戦今思えば穴だらけだったなぁ。渡が来たから良かったものの来なかったら終わりだったろ。」

「そうだろ、杜撰な作戦の割にスムーズに行きすぎてるんだよ。やっぱり渡は全部お見通しだったんだって。」
 熱くなっているのか、工藤は再三同じ事を強調する。

「まぁ、これはあくまで工藤がそれっぽく話してるってのもあるからな。偶然が重なったって可能性もあるぞ。」
 渡がこちらの思惑を全て読み取っていたという目に見える証拠はなかったので、俺はそう補足する。

「偶然ねぇ。正直な話、手紙で釣られたことより俺は渡の肝が座りすぎてることの方がちょっと気になるな。」
 
「それもそうだよね。私はその場にいなかったから分からないけど、警戒もせず現れるのは変だと思う。」
上野と幾田が渡の態度について疑問点を挙げる。
なぜあそこまで冷静だったのか、本人以外知る由もない事だが気掛かりで仕方ないのは俺も同じだった。

「つまりあれだろ、あの女は男に呼び出されるのなんて慣れてるから余裕こいて現れたんだろ。」
 佐野がまた少しずれた発言をしたのに対しいやいや、と工藤が否定をする。

「待て待て、今そんな話をしてるんじゃないぞ。大丈夫か?こいつ。」

「佐野はまぁ…言いたいことはわかるぜ俺は。」
 佐野はいまいち話を理解していなかったようだったので、片桐が新たに何か言おうとするの躊躇った。

「あと俺本当に一つ思う事があってさ、渡が手紙のことをクラスの連中に言いふらしたりしないか、それが一番心配なんだよ。」
 
「それはもう地獄だな。あの渡の様子なら誰にも言わないと信じたいけど。」
 上野と工藤が立て続けに事後のことを気にかける。それを聞いた全員が最悪の結末を想像する。

「やばいな、俺なんてただでさえクラスで人権ねえんだぞ。あの女攫って口封じしよう。」

「それが出来たら苦労しないんだよなぁ。」
 とんでもない発言をする佐野を工藤が諭すが、実際に渡を連れ去って尋問する事ができればもう少し進展しそうだ。
俺に対して言った夢と同じセリフについても聞きたい気持ちが強まるが、現実的ではない。

「それは心配ないと思うよ。渡さん、すごく良い子でクラスでは通ってるみたいだから。」
幾田がそう答えるが、周りの女子からの情報だろうか、信頼のある情報に安心感を覚える。


「とにかく引き続き渡の正体について迫ろう。ただ手紙もダメだった今、次の作戦をどうするかが大切だな。」
俺はこの話を引きずっても答えが出ないと判断し、明日以降の動きについてを全員に問う。

「今日の作戦がダメだったからもう何やっても無理な気がするんだが。」

「うん、ちょっとお手上げかも。あれでも尻尾を出さないならこっちから出来ることは何もない。地道に情報収集してくしかねえな。」
 工藤、片桐共にメンバーの幹部ともいえるその二人の言葉からも諦めが感じ取れる。

「くそっ、なんか良い方法ねえのか。お前ら諦めるのは早いぞ。なんか案出そうぜ。」
空元気かは分からないが、上野が俺たちを鼓舞する。だが本人からその具体的な案は出ない。

「そんな簡単に思いつかねえな。しばらくは様子見の方がいいと思うぞ。」
 工藤は手紙作戦で怖気付いたのが、より一層保守的な態度を示した。完璧な作戦が練り上がるまでは下手に動かない、これに尽きるということは明らかではあった。自分で次の作戦を立てようなどと景気の良いことを言ったが、今は動かないべきかと考え直す。

「私もまた何か渡さんに関する情報があれば共有するね。だからみんなも何かあったら教えて欲しいな。」
幾田はそう言って引き続き別行動を取るつもりのようだが、彼女の協力は非常に心強かった。

「ありがとう、頼むよ。俺らもなんかあったら話回すから。」
 俺の言葉に幾田もありがとう、と返答する。

「よし、それじゃ今日のところは解散するか。」
 片桐が大きく背伸びをしながらそう言って、立ち上がる。他のメンバーも、あまり帰宅が遅くなっては家族に心配されるので誰もこれ以上議論を続けようとは言わなかった。

小屋を出るともう火が沈みかけていた。まもなく日没が訪れる田舎道を俺たちは歩きながら、一人また一人家路に着くのを見送りいつの間にか俺と片桐の二人になっていた。

「なぁ、これからどうするよ。」
この状況を打破したかった俺は片桐にそう問う。

「どうするって言ってもなぁ。ちょっと家帰ったらゆっくり考えるわ。」
まだ片桐もすぐにこれといった案が出ない様子で顔を顰める。

 それぞれの自宅へと続く道を歩きながら、俺たちは膠着したこの現状に陰鬱な感情を隠せずにいた。

「くそ、平和な夏休みが懐かしいな。なんでこんな気持ち悪いことばっか起きるんだよ。」

「ほんとだよ、俺らが何かしたってのか。」
嘆いても仕方ないことだとはわかっていたが、俺も片桐もモヤモヤとした気持ちを抑えられずにいた。

しばらく愚痴を言いながらそれぞれの自宅へ続く分かれ道へ差し掛かった時、片桐の前方およそ100メートルからタンタンタンタンと小気味良い音が響いているのが聞こえてきた。
その音がだんだんとこちらに近づいているのことを察知する。

「おい、なんか走ってきてるぞ。」
片桐が夕陽に染まる赤々とした住宅街の道を指差す。俺も目を細めそれを確認した。

「おい、ちょ、ちょっと待て。なんだあれ。」

疾走する何かを俺が確認するが、その正体に気づいた俺は腰を抜かしそうになる。
忍者のように黒い何かが一心不乱に走ってきているのをしっかりとこの目で確認してしまった。

「やばい、大女だ。逃げろ!!」
片桐が叫び声を上げる。
全身が凍りつく、頭でわかっていても体がすぐには動かない。
その黒い巨体と髪を振り乱しながら異形さながらの形相をした大女がもう数十メートルほど前に迫ってきているのが見えた。
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