第14話 不首尾

文字数 2,813文字

 俺たちは見守るしかなかった。佐野が文字の通りの特攻を敢行し、とてつもない空気が流れる。

「おい佐野、何言ってんだよ。ごめんな?いや〜こいつ夏休み中に記憶無くしちゃったらしくてよ。」

 上野がサポートしに行くがその内容が支離滅裂すぎるあまり、混乱具合に拍車をかけてしまっている。
そして記憶を無くしたという苦しい言い訳が佐野をより加速させた。

「お前こそ何言ってんだ。こんな女いなかっただろ今まで。さっき上野も知らないって言ってただろ?」

 佐野は作戦をちゃんと理解していなかったようだ、上野の顔が引きつりたじたじとしてしまっている。

「どうしたの、佐野くんも上野くんも…。」

 渡が二人の名前を口にした。ちょっと考えれば当たり前の反応である。側から見れば渡が同じクラスメイトの佐野からいきなり意味の分からないことを言われていると言う構図が出来上がっていた。俺たちもカバーに入るには入れない状況になってしまっていた。
 工藤が狼狽え片桐がヤバイ、とだけ呟く。

「いや、違うんだ。おい佐野、なんてこと言うんだよ。渡さん、違うんだよこれは。」
上野が佐野を静止しようとするが佐野は全く聞き入れず、どんどんと場をややこしくさせる。

「うるせえぞ上野。おい、てめえ何者だ?いつからこのクラスにいる?お前なんか知らねえ。」

 佐野が完全に暴走状態になってしまっており、その異様さにいつのまにかクラス中の注目が集まっていた。もうこれだけで完全に作戦が不首尾に終わったことを意味する。

 すると突然、渡が予想だにしなかった行動に出る。

「そんな、ひどい…。」
渡の美しい横顔に一筋の涙が流れ、頬を伝った後机に滴る。それを皮切りにポロポロと涙がダムの決壊の如く溢れはじめる。 

「え、あっ、いやそんなつもりじゃなかったんだけど。」
 佐野がその様子を見てようやくこの異常な状況を理解したのか、一歩たじろぐ。すすり泣く渡を前に佐野と上野が顔を見合わせている。

「ちょっと何やってんの!」
甲高い声が響くや否や、クラスの委員長である小林清乃とその親友である釼持栞が佐野と上野の前に割り込む。小林の黒い縁の眼鏡の奥の鋭い瞳がしっかりと佐野と上野のことを捉えている。

「霞ちゃんのこと泣かせたの?最低。何考えてんの?」

「いや、違うんだよこれは。おい佐野謝れよ。」

 上野が佐野に謝罪を促すが佐野は俺が悪いの?と発言し、それに小林が肩を震わせ怒りを露わにする。
 相方の釼持の方はと言うと渡に寄り添い、涙を拭くためにハンカチを手渡している。佐野は誰が見ても完全に悪者だったし、俺たちもフォローのしようがない最悪の展開を迎えている。

「大丈夫?ほら、涙拭いて。」
釼持が渡の肩を優しく抱いている。

「大丈夫だよ。ありがとう、大丈夫だよ。」
渡は涙を拭きながら俯き加減で小さく繰り返す。

「いや、え?どう言うこと、これ。」
俺たちも事態を飲み込めていないが、当事者の佐野が誰よりも混乱してしまっていた。

「ふざけないでよ、新学期早々女の子虐めてそっっちがどう言うこと?もうあっち行ってよ。」
小林が言うと今まで唖然としていた他のクラスメイトたちも声を上げる。

「そうだよ!ふざけないで。」

「佐野の馬鹿野郎、引っ込め。」

 いつのまにか佐野に対するヘイトの大合唱が起き、佐野は「は?なんだよ。」と小声で何度も呟く。
 上野が代わりに平謝りをしており、俺も助けるべきかと思っているところに急に片桐が輪の中に飛び込み、声を張り上げる。

「みんなごめん!俺が悪いんだ。佐野が記憶喪失になったフリして、渡さんにちょっかいかけようっていうことになって。渡さん、本当にごめんな。ほら佐野も謝れ。」

 片桐が機転をきかせ佐野の頭を鷲掴みにして渡に頭を下げさせる。

「全然大丈夫だよ。うん。大丈夫だから。」
渡は泣き止んではいたが、やはり俯いており声が小さい。

「ほんとにごめん。俺がやらせたんだ。それにしても佐野、演技が迫真すぎるぞ〜。ほら謝って。」

「ご、ごめんよ。渡さん。」
片桐の後ろ盾を理解したのか佐野も自ら頭を下げる。ここから丸く収まるかどうかは小林次第だった。

「なんだ、そうだったのね。でもやり過ぎじゃない?あんまりそう言うことしないでね。それも新学期早々から。霞ちゃんはもう大丈夫?」

 小林が釈然としないと言う顔をしながらも、クラスの中で人望もある片桐の登場で少し冷静になっている。
 「ありがとう。大丈夫だよ、私の方こそごめんね。こんなことで。」
渡はそう言うが、俺にはこの光景が奇妙に見えて仕方がない。

「これは一件落着なのか?」
少し離れた場にいた工藤も納得がいっていない様子だ。戸惑い気味に俺も答える。

「分からん。とにかく片桐がいなかったら終わってた。」
人気があり、なにより発言力のある片桐がその場を収めることに成功したとはいえ、問題は何も解決していなかった。
 渡はクラスに受け入れられており、あの場で泣くと言う行為に出ても、助けてくれる友達が沢山いると言うことだけははっきりと分かった。

「おっす、遅くなったな。全員席についてー。そこはどうした?何かあったか?」

 程なくして岸田が職員会議を終えて教室に入ってきた。何も知らない岸田は窓際にできていた人だかりに声をかける。渡はもう泣き止んでいた。

「なんでもないです。」

「そうか、じゃあみんな席に着いて提出物を用意しなさい。」
 意外にもそう言ったのは渡だった。クラスの連中もこれ以上ことを荒立てるつもりはないのか、佐野を吊し上げるような真似もしなかった。

 各々が自分の席に戻るも、言いようのない気持ちの悪い雰囲気だけがその場に残っていた。
佐野は腑にに落ちない様子でなぜか周りをキョロキョロと見回している。
一旦これでことなきを得たわけであるが、席に戻った俺は鞄から大量の宿題を取り出していた水間から声をかけられる。

「男子ってなんであんなくだらない遊びするの?」
先程の事件に俺は直接参加したわけじゃないが、片桐、佐野、上野が起こした行為に俺も関連していると何となく察したのだろう。

「い、いや分からない。佐野は男の中でも特殊だから。」

「ふーん。まぁ渡さん繊細な子だからやめてあげなよ?」
俺はそうだな、と言って鞄を開け提出物を取り出す。心の中で佐野に責任を押し付けて申し訳ないと言う気持ちが芽生えたが、同時にもっとちゃんと人の話を聞いておけという怒りもあった。
 
 そして俺が渡に気があるといった謎の誤解を持ち出されないかヒヤヒヤしたが、それについては触れられなかったので安心した。
 ちょっとした事件が起きてしまったが、異様な空間にことを起こした俺たち自身が飲まれてしまっていた。

 
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