第23話 散会

文字数 4,336文字

幾田はなぜ俺たちが通報しなかったかは深く聞いてこなかった。それは恐怖に煽られパニックに陥ったことで通報どころではなかったこと、俺たちが保身のために通報をためらったことがなんとなく感じ取られたのか、深くは追及されなかった。

「やっぱり今日のところは解散しようか。」
片桐がポツリと呟くが、誰もそれに反対をする者はいなかった。
 全員、不安からか疲弊している様子が見て取れる。それは俺も同じであり、これ以上話しても悪戯に時間を費やすだけであり、あまり長い時間外にいることは褒められた行為ではない。

 一同、軽く小屋の中の整理をして外に出ると、変わらず雨が降り頻っており、これ以上強くなる前の散会となった。
 林道を皆で歩き、交通量の多い道へ出て住宅街の方面へ向かおうとすると幾田が俺たちに別れを告げる。

「じゃあ私の家この道を渡ったところにあるから。みんなも気をつけてね、それと今日は呼んでくれてありがとう。」

「おう、幾田も気を付けろよ。また何かわかったら連絡するわ。また明日な。」
目の前の道を横切ろうとする幾田に、俺がそう言うと皆も一様に手を振り別れの挨拶をする。

「うん、じゃあね。バイバイ、みんなまた明日ね。」
そう言って幾田は大きな道を渡り切り、すぐ脇にあった小道の方へ消えていった。
俺たちもそれを見送り、家路を急ぐことにする。

「結局何もわからずじまいだったな。それと永瀬さんよ、幾田に大女の話して良かったのか?」
 工藤が俺の前に躍り出てこちらを見ながら後ろ歩きをする。やはり言うべきではなかったと言う意見もあるだろう。

「あれは佐野が失言したからフォローしたんだよ。つまりは戦犯は佐野修平、また佐野だよ。何か余計なことを言うのはいつもこいつだ。」

すぐに俺は責任転嫁をするが、佐野はそんな言葉もどこ吹く風で飄々とした様子だった。

「そんなこと言われてもよ、流れで言っちゃう時もあんだろうが。誤魔かしたって仕方ねえ。」

「大女のことは忘れようって言ってた矢先だったのに、マジでこいつないわ。」

「次にもしまた誰かが襲われる様なことがあったら絶対幾田は俺らの責任だと思うだろ。」

上野と工藤が、佐野の責任を追及するが佐野は仕方ないだろ、の一点張りで聞く耳を持たない。

「まぁあくまで怪しいヤツがハンマー振り回してたってしか言ってないからいいんじゃない?」
片桐は珍しく佐野のフォローをしている様だったが、裏を返せばこちらに危害を加えられていない上に通り魔本人かどうか確証がなかったため通報しなかったという反論にも聞こえる。

しばらく歩きながら、幾田に話してしまったことの是非についてが争点となったが、最終的に不可抗力だったということで決着がついた。

異常な人物の凶行に加え謎のクラスメイトの出現、俺たちがいくら考えても答えの出ない出来事の連続に全員が辟易としていた。

話し込んでいるうちに佐野と工藤の住むマンションの前までたどり着き、一旦ここで全員が立ち止まる。

「よし、俺ら帰るけど明日からどうする?」
工藤が輪になった状態の全員の顔を見回しながらそう聞いてくる。

「とりあえず、下手に動かず引き続き渡の様子を伺っていくか。てかそれ以外できないだろな。幾田も協力してくれるみたいだから上手く連携とってチャンスをみて動こう。」

片桐が話を簡潔にまとめるので俺も続く。

「そうだね、明日も学校終わり来れそうだったら炭焼き小屋集合で。でも日が落ちる前には絶対帰るってことにしとこうぜ。」

「了解です。お前らも気をつけて帰れよ、じゃあ明日また学校でな。」

「おう、お疲れ。じゃあな。」

俺たちはそう言って再会を約束するなり、佐野と工藤が足早にマンションの方へ消えていった。それと同時に俺たちも歩き始める。こんな時だからこそ特に、家の近い彼らが羨ましく思った。

それから3人で歩いていると不意に上野がため息をつく。

「はやく犯人捕まらねえかな。大女のことが片付かないと、渡の正体のことについてなかなか集中できねえよな。」

渡の件とは違い、大女の逮捕はこちらがなにかアクションを起こそうということは難しかった。 

「そうだよな、大女とかぶっちゃけ俺らからしたら知らねえよな。あんなに目立つ奴なんだからすぐ逮捕されるはずなんだけどなぁ。」

無責任ではあるとも思ったが、俺も同じように返した。

「ほんとだよ、警察は何やってんだよ。」

「それは俺たちが通報しねえからだろー。」
片桐の発言に上野が笑って傘を回して雨水を飛ばし、ふざける。緊張する展開続きで、久しぶり仲間の笑顔を見た気がする。上野は自宅に近づいた安堵もあるのだろうか、少し声が明るい。

「じゃあな、周りに気をつけて帰れよ。」

「おう、なんかあったらお互い即連絡で。」

「分かったよ。お前らも気を付けろよ。」

上野宅の目の前までたどり着いたので、彼と別れ俺たち二人になった。
雨の中を歩いている最中、またも二人になった途端に片桐が神妙な面持ちでこちらに語りかけてくる。

「なぁ永瀬、お前確か渡霞と大女は同一人物じゃないかなって話してたよな?」

「言ったけど。急になんだよ、改めてバカにすんのか?」

「いやそうじゃなくて。あの場ではみんな笑ってたから流したけど、実は俺もチラッとその説が浮かんでたんだよ。」

片桐の意外な言葉に、俺は驚きを隠せない。思い出せば、あの時片桐は大きくその説を否定はしてなかったような気がする。

「なんだよ今更。あれは冗談だぞ、みんなも言ってたろ。見た目がかけ離れすぎててあり得ないんだって。」

自分で出した仮説だが、あり得ないことなど重々承知であった。それを今になって持ち出す片桐の真意が読めない。

「俺も別に大女と渡が同一人物とかは思ってねえよ。だけどさ、こんな奇妙なことが連続で起きてて思うわけよ。大女と渡に何かしらの関連があるんじゃないのかなって。」

片桐のその言葉に、ハッとさせられる。雨の住宅街を歩きながら、行き交う地元住民たちの視線をやや気にしながらも俺は立ち止まってしまった。

「それはどう言うことなんだ?」

「いいか、これはあくまで仮説だぞ。渡のことを知らない人間は幾田以外みんな大女を目撃してるよな?」

片桐も足を止め、俺の目を真っ直ぐに見据えて話し始めた。

「そうだな、それがどうしたんだよ。」

「昨日、大女を目撃したことがきっかけになり渡霞という存在が俺たちの前に現れた。こう説明することはできないか?」

確かに理にかなっている話ではある、俺たち五人は大女を目撃し、俺たち五人のみ渡のことを知らない。ただ幾田を除いては。だからこそこの説には穴があった。

「おいおい、それじゃ幾田はなんで知らないんだ?説明がつかないぞ。それだと幾田も大女を見てないと筋が通らないだろ。」

俺がそう言うと片桐もかんがえこんだように難かしい顔をする。

「そうなんだよな、幾田だけがイレギュラーな存在になっちゃうんだよ。だけど、あの大女が引き金となってこの世界に渡が出現したって説は割と本気であると思う。」

俺も段々、渡という謎の少女と大女の存在が近からず遠からずと言うものではないのかと、本気で思えてきた。だがそうなると俺たちと関わりの無い幾田が渡霞の存在を知らないとなると辻褄が合わなくなる。

「んー、それだとちょっと辻褄が合わないな。完璧な説なんか無いと思うけど、それでもやっぱり幾田だけ知らないのは不自然だろ。渡が転校生で現れるならまだ分かるよ、だけど他のみんなは知ってて幾田だけ知らないのは意味がわからないぞ。」

自分たちがいかに現実味のない話をしているかということは分かっていた。答えの出ないもどかしさだけが俺と片桐の中に漠然と立ち塞がっている。

「まぁこれは単なる一つの可能性でしかないからそんな深く考えるなよ。あくまで俺の考えだ。それに説明のつかねえことなんて他にいくらでもあるだろ?」

片桐が俺を諭すように言い、俺も不本意ながらそれに納得せざるを得なかった。

「それもそうだな、いい線いってるとは思うけどやっぱり幾田だけ異質すぎるんだよ。あいつも実はどっかで大女を見てたんじゃねえか?」
幾田の先ほどの反応的に、大女をどこかで目撃しているということは極めて可能性の低い話だった。

「いや、ないだろ。正直俺らだけ渡を知らないってことになれば、大女を見たショックで記憶の一部を失ったとかってこともありうる話だ。それでも十分現実味のない話だとは思うけどさ。」

片桐がそう言ってまとめに入る。俺たちの中で、幾田の存在が引っかかる。どうにか自分たちが納得できる説を、捻出しようと頭を抱えても答えは出ない。
二人で歩きながら話している間に、いつの間にかそれぞれの自宅へ続く分かれ道まで来ていた。

「この話はみんなに話してもいいし、話さなくてもどちらでもいい。さっきも言ったけどあくまで可能性の一つだからな。」

「分かってるよ、お前もあんまり考えすぎんなよ。大女のことも、渡のことも。じゃあ俺は帰るからな。」

俺がそう言うと渡はにやりと微笑み、くっきりとした笑窪を浮かべる。

「おお、分かってるぜ。永瀬こそ気負いしすぎんなよ。気楽にこの状況を楽しんで行こうぜ。」

「なんだよそれ、臭すぎ。笑っちまうわ。」

余裕そうな片桐の言葉に、思わず俺の頬も緩む。だがこの状況下で仲間たちの存在に加え、幾田の協力も非常に心強かった。もし一人で同じ状況に陥っていたらきっと気が狂っていただろう。

「やめろよ、本気で言ってるんだぞ。とにかくなんかあったらすぐ連絡な。じゃあまた明日な。」

「おう、またな。」
片桐が右手を上げそのまま背を向け歩いてゆく。
俺も自宅へと続く道の方へ歩き出す。

 一人になり、大女と渡霞の関連性について考えるが、そこにはっきりとした共通点を見出す事はできなかった。ただ、どちらも俺たちにとっては両者が人間の見た目をしているとしても、異形の存在であることに間違いはなかった。
 
 特に渡に関しては特に得体が知れない。普通の人間のように振る舞っているが俺たちからすればクラス内にエイリアンが紛れ込んでいるように感じる。

 夏の終わりに起きた奇妙な出来事の連続。
家の近くの公園の灌木の幹に、秋雨を必死に耐えるひぐらしがしがみついている。大女の逮捕と渡霞の正体を暴く、この二つを完遂しない限りこの夏はまだ終わらない、そう感じた。






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