第13話 特攻

文字数 3,408文字

片桐がバツの悪そうな表情をしながら答える。 

「未来、おはよう。ちょっと便所に行ってんの。いわゆる連れションってやつだよ。」
 150cmに満たない華奢な身体と、二つ括りの髪も丸くクリクリとした人懐こい瞳も生まれながらに栗色で、西洋人のハーフの様にも見える顔立ちの稲川は男子からの人気も高い。
 だが、付き合った相手全員が疲弊しきって男側から別れを告げると言う一種の様式美が毎回お決まりになっているため、半年以上交際を続けている片桐は一部で仏と崇められていた。

「ふーん、そうなんだ。未来が入れないからわざと男子トイレに行ってるんじゃないの?」

 稲川が片桐の腕に絡み付きながら、今度は俺たちに睨みをきかす。思い出せば昨日、この女のせいで俺達は危険な目にあっていたのだった。沸沸と怒りがこみ上げてきたが、俺は何も言わなかった。だが稲川と特に犬猿の仲である工藤が露骨に嫌な顔をして言い放つ。

「おい、どけよ。時間なくなるだろ。こっちは急いでんだよ。」

「そんな言い方なくない?やっぱり未来こいつ嫌い、こんな根暗とつるまない方がいいよ。」
 稲川が酷く侮蔑したような言い方でそれに応戦する。工藤の顔がみるみる真っ赤になる。 

「おいっ!根暗とか言うな。なんて口の悪い女なんだ。昨日もお前のせいで…。」
 工藤がそう言いかけたすんでのところで仲裁に入る。

「はいストップストップ、ごめんな工藤。未来も俺ら漏れそうだからまた後でな。」

「ええ〜そいつの肩を待つの?まぁいいや。また後で絶対ね!」

 どうやらお前のせいでと言う部分は稲川の耳には残っていなかったらしい。渋々といった顔で稲川は教室へ戻って行くが、他のメンバーも苦言を呈する。

「久しぶりに会ったが相変わらず強烈だな、あの女。」
上野が稲川が教室に戻ったのを確認してから呟いた。

「そうか、俺らあいつのせいで昨日やばい目にあったの忘れてたわ。本人は何も知らないから呑気なもんだな。」
 さすがの佐野も稲川の暴虐無人な振る舞いに怒り心頭のようだ。

「そうだよ、昨日のは稲川のせいだよ。それよりあの女見た目がちょっといいからいい気になってんな。人間は見た目じゃなくて内面が大事だ。片桐もちゃんと付き合う女考え直した方がいいぜ。」
 工藤は以前から別れろとよく口にしているが、今回のやり方は相当頭にきたらしい。

「みんなごめんな。未来もいいところ結構あるんだよ。昨日のこと含めマジで改めてすまなかった。」

俺は今回に関しては何も言わなかったが、いつもこの調子だと正直付き合ってられない。片桐と稲川は去年の冬から交際を始めているが、日に日に稲川の独占欲が強くなっている。片桐とは幼稚園からの付き合いである俺がそれを一番強く感じていた。

そんなこんなで先程の屋上へ続く踊り場に着いたので、俺達は輪になり状況を整理することにした。

「それでなんだっけ、あの女の名前。スミワタリだっけ?」

「いやワタミとかじゃなかったか?」
佐野と上野は全く人の名前を覚えないが、わざとやっているのか疑いたくなるような間違いをする。

「違う違う、渡霞だよ。そんな女本当に知らねえ。」
片桐が正しい名前を二人に伝える。

「やっぱり変なのが俺たち意外みんな渡の事知ってたんだよな。水間とか卓郎もみんな当たり前のように渡が前からクラスにいたかのように振る舞ってんの。そのおかげで不審な目で見られたし。」
俺は先程自分の席の周りであったやりとりを簡単に伝えると全員が青い顔をするのが分かった。

「やっぱりあの女は俺たちのクラスにいたことになってるんだな、いや今実際にいるんだ。」
工藤はそう言って頭を掻く。口ではそう言っても頭では理解が追いつかない。数秒間皆が固まる。

「この際誰かが特攻するしかない気がする。」
切羽詰まった状況に痺れを切らした片桐が最終手段を提案した。

「特攻っていうとつまり渡本人にお前誰だ?って聞きに行くわけか?」
上野が聞き返すと片桐がそうだ、と返す。

「いや、それ意味あるか?微妙な空気になって終わりそうな気がするけど。それに誰が聞きに行くんだ?」
 工藤は特攻という向こう見ずな作戦に不安を隠せない様子だが、それには俺も同意だった。ただ周りくどくここで話していても何も状況は変わらないこともわかっている。

「確かにな。でも直接アクションを起こせば何かが変わる気もするがみんなどうだ?」
俺が全員の顔を見回す。

「特攻か、まさに片道燃料だな。聞きに行ってあいつがどんな反応するか気になるな。そして俺達はどうなっちゃうんだろ。」
そう言った上野は変にワクワクしているように見えた。この状況を打開することができるかもしれないと言う期待の表れだろうか。

「そうだな、とりあえず誰かが直で渡に話しかけないことには始まんないぞ。」
片桐がそう言うも、自分がその誰かになるとは言わなかったのでまた場が膠着する。そのうち、視線が俺の方に集まる。何かとあるとリーダーということで代表することの多い俺に白羽の矢が立てられるのが分かった。すぐに拒否しなければならない。

「え、俺やだよ。だってさっき渡のことで一悶着あったからな。こういうのは言い出しっぺが行けよ。」
俺は片桐に責任を押し付ける。

「いや、俺はちょっと無理かな…。未来がもし教室に来てたりしたらまた発狂されるし。」
片桐がそう拒むと、お前口ばっかりじゃねえかと真っ当な怒号があちこちから飛ぶ。

「じゃあ工藤は?」
らちがあかないので次に俺が工藤に尋ねる。

「いや〜ちょっと俺はどもっちゃいそう。あと最近持病の喘息が出ててキツイんだ。」
確かに工藤は喘息持ちだったが、仮病にしか見えなかった。だがその前に工藤は極度のあがり症なので使い物にはならなそうだ。話を振ったはいいがとてもこの特攻には参加させられない。

それに見兼ねた上野が動く。
「全く使えない奴らだぜ、しょうがねえ。俺と佐野が行ってやるよ。女と話すくらい朝飯前だぜ。」

「おおっ、上野。やるじゃない。」
とうとう重い腰を上げた上野に歓声が上がる。

「ちょっと待てなんで俺も行くことになってんの。」

「お前、女なんてちょろいってよく言ってたもんな。期待してるぞ。」
上野が佐野の腕をがっしりと組む。ボーッとしていた佐野は急な展開に驚いている。
だが佐野は巻き込まれた形ではあるがそこまで激しく拒否しているようには見えなかった。

「いや、これは案外ベストメンバーかも知れない。お調子者の上野とその取り巻きの佐野が行けばたとえ失敗しても変な空気にはならないはずだ。」
工藤がそう言うと俺も片桐も頷く。
実際、一番妙な空気にならないのはこの二人だろうと言うことで意見が一致した。

「分かった分かった、上等だよ。俺と上野がかましてやるからお前ら見とけ。」
佐野はおだてに弱く、すぐに虚勢を張る男だったのであとは上野がカバーすればうまくいくだろうと全員が理解し、そこから作戦を整理した。

 まず上野と佐野で渡に話しかけ、相手のことを探る。渡がどのような人となりなのか、それを探る必要があった。他のメンバーが周りに待機し、動向を伺い何かあれば助け舟を出すと言うことで決着がついた。

「よっしゃ、そろそろ行くか。佐野も覚悟決めろよ。」

「おお、やってやんぜ。」

特攻チームの二人が互いに鼓舞し、俺たちもそれに付き添い教室へ向かう。
 後ろの扉を開くと、予想通り渡が一人静かに自分の席について小説のようなものを読んでいるのが目に入った。改めて見ると白く透き通るような肌に目を奪われてしまいそうになる。

「よし、行け。」
片桐が二人に嗾けると、佐野が思ったよりも早く行動に出る。上野より早く歩き渡霞の席の前まで直進するや否や第一声を放った。



「お前誰だよ。」




やってしまった。俺たちはメンバーを見誤ったのだ。確かにお前誰だよ、と聞けと言っていたが佐野は言葉を濁さずそのまま伝えてしまった。
 
 上野が慌てて佐野の元に急行する。特攻とは言っていたがまさかここまで身も蓋もない質問をするとは思っていなかった。

「え…?」

俺たちが遠巻きに見つめる最中、渡霞が困惑した様子で佐野を見上げていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み