第32話 停滞
文字数 3,049文字
放課後、俺たちは炭焼き小屋に集まっていた。
時刻は16時前、学校が終わり真っ直ぐにここへ向かってもこの時間になってしまった。
「片桐遅えなマジで。」
椅子に腰掛けた上野が両足を机の上に乱暴に置いてそう言う。
「仕方ない、稲川に捕まっちまったんだもん。俺らで話進めとこうぜ。」
工藤がまたホワイトボードの前に立ち、こちらに話を投げかける。
片桐はと言うと学校を出る直前に稲川に捕まり、家まで送り届けた後にこちらへ向かう予定となっていた。
「未来の家ってここから逆方向だもんね、ちょっとかかると思うよ。それよりどうだったの?渡さん…。」
そう言った幾田だが今は臨時のメンバーとしてこの小屋に招集されており、これから昼休みに起きた事の顛末を俺たちから聞くために集められていた。
「いや、それがさ…たいした新情報がないんだよね。俺らも結構頑張ったんだけどさ。」
俺が躊躇い勝ちにそう言うと、幾田も難色を示すような顔をして声を上げる。
「え、せっかく呼び出せたのに何も聞けなかったって事?」
「一応いくつか質問したんだけどあいつの正体に迫るようなことは聞けなかったんだよ。質問しても違うよ、とかしか言わないしさ。こっちもそれ以上何も聞けなかったんだわ。」
工藤がそう釈明すると上野が間に割り込む。
「あ、でも俺はいつから居るんですか、的な事聞いたぞ。それもずっと前からって言われちゃったけどね。」
それを聞いた幾田がガックリとうなだれ歎声を上げながら俺たちに問いかける。
「はぁ、そうなんだ。そう言われちゃったら何も言えないよね。その他に何を聞いたの?」
「横断歩道で俺らを見て笑った理由も聞いたんだけど、それもはぐらかされたよ。理由は特にないってさ。」
俺が横断歩道での渡の微笑の理由もよく分からなかったことを幾田に打ち明ける。
「それ本当になんだったんだろうね。何か裏がありそうだけど。」
幾田の表情が一層険しくなる。やはり渡の影の部分を感じ取ったのだろうか。向こうがボロを全く出さなかった為八方塞がりになってはしまったが、誰もが確かに渡が何かを隠していることは確信している。
「聞いてくれよ、俺が彼氏いないですかって聞いてやったぞ。」
突然、佐野が思い出したかのように意気揚々と幾田に伝える。俺たちはもうあえて何も言わなかった。
「そ、そうなんだ。それはある意味すごい質問だね。渡さんはなんて言ってた??」
「居ないんだって。なんか嘘くさいよな。俺絶対嘘だと思ってんだよね。」
「へぇ、たしかに可愛いから彼氏いても不思議じゃないもんね。そうなんだ。」
佐野が珍しく饒舌に語る様子に面食らったのか、幾田が俺の方に視線を送り助け舟を出して欲しそうな顔をしている。
「まぁ、そんなことはさておきなんだけどさ、幾田の方は何か新情報があったか?」
「うーん、それとなく周りの友達に聞いたんだけど私も別に大きな情報はないよ。でも渡さんが住んでる場所とかは何となく聞けたんだよね。」
幾田が得た情報を披露するが、それは俺たちが昼休みに聞きたかったが断念した事実そのものだった。全員が身を乗り出して話を聞く。
「おお、それ俺らが聞けなかったやつだよ。」
工藤が早い口調でそう言う。
「うん。柚子に聞いたんだけどね、渡さんのお家は正に今遊んでるこの森の近くなんだってさ。」
「マジかよ、てことは幾田の家とも近いってことか。」
上野も興奮気味に声を上げる。この辺りに住んでいると言うことは、今からでも探しに行けるのではないかと俺も考え幾田に質問を続ける。
「なら横断歩道を通るルートだな。詳しい場所とか分かるか?」
「それがね、この辺ってだけしかわからないんだって。不思議なのがね、何となくの場所は分かるけど誰も幾田さんのお家行ったことないらしいの。ちょっと不気味だよね。」
幾田の声がだんだんと小さくなっていく。一瞬光明が見えかけたが、まだまだ停滞の渦の中に俺たちは捕われていることを気付かされる。
「そうか。分からないか。他に何か聞けたか?誰と仲いいとかそんな話でもいいんだけど。」
俺がすがる思いで幾田に問う。
「ごめんね、他にこれと言って何もないんだよね。」
幾田が表情を曇らせるが、俺たち以上の成果を上げている彼女を責めるつもりは毛頭なかった。
ただ漠然と時間だけが流れるが、今日の作戦が尻切れとんぼのように終わってしまった事を悔やんでいても仕方なかった。
「ちょっといいか幾田。」
しばらく全員が黙り込んだ後、そう切り出したのは工藤だった。
「どうしたの工藤くん。」
「いや、例えば幾田の机にさ。手紙が入ってて、それがラブレターっぽかったとするじゃん?それを見つけたらまずどうする?」
「え、うーん。私なら仲の良い友達に相談するかな。それこそ柚子とか、ほんとに仲良い人数人だけにね。」
幾田が腕を組み、難しい顔をしてそう答える。
「そうだろ?まずそんな怪しい手紙、仲良い奴に相談するのが普通だよな。しかも昼時のあんな短い時間で手紙を発見して、すぐホイホイ現れるっておかしくない?」
工藤の声に力が篭る。それを聞いた上野も同調する。
「それ俺も引っかかってたんだよ。今思えば事がうまく進みすぎてる気がしてな。元々手紙作戦は運要素が強い作戦だったから余計にさ。」
「そうだね、そんな手紙を見てもただの悪戯だと思うかもね、少なくとも私ならそう思うよ。まぁラブレターなんてもらった事ないけど。」
少し悲しそうな幾田を横目に、俺も気になっていた事を思い出す。
「俺たち渡の言ったことばっかに気を取られてたけどさ、今考えれば不自然だよね。手紙を見つけてそれをなんの疑いもせず堂々と現れたり。」
「そこもおかしいんだよ。あの女、登場した時もなんか平然としてたよな。ちょっとぐらい驚いたりするもんだろ。何人もクラスの男が待ち構えてたら。それに昨日やらかしてる佐野もそこに居たんだぞ。ちょっとは動揺したりしてもおかしくないだろ。」
工藤は畳み掛けるように次々と言葉を紡ぐ。その様子に一片の余裕も感じられない。
「その、つまり工藤くんが言いたいことって…。」
幾田がそこまで言って息を呑む。
「そう、つまりだな?あの女、手紙を見てようがそうでなかろうが俺らが待ち受けてること知ってたんじゃないかなって。」
工藤がそこで言い淀む。全員が顔を見合わせるが深まる謎をこれ以上掘り下げる次の一手を誰も打ち出す事ができないままでいた。
一同が硬直していると、突然小屋の扉が勢いよく開かれ、何も知らない片桐が熱いと連呼しながら入ってきた。
「オッス、遅くなったな。未来がなかなか行かせてくれなくてさ。そんなことよりお前らどうした、固まっちゃってるけどなんか話してたのか?」
「いや、まぁちょっと新たな疑惑みたいなもんが生まれちゃってな。」
片桐の気の抜けた声に上野が即答する。
「疑惑?この数日間疑惑ばっかりじゃん。もう余程のことじゃないとこっちも驚かねえぞ。」
片桐は俺たちの前を横切り、いつも通り奥のドラム缶の上に深く腰を下ろした。
「しょうがねぇな。いかに重要な話か一から話してやるか。」
工藤がそう片桐に言い、ペンを握りこれまでの経緯をホワイトボードに書き記し始めた。