第47話 整理

文字数 3,516文字

第四十七話 整理

 ノートと向き合うこと自体嫌いではない。ただそれが自分の好きな分野であれば、だが。
 とりあえず今考えるべき事は言わずもがな二つある、それはもちろん大女と渡のことだ。

 まずは大女の情報について、列挙することにした。身長が190cm以上、この時点でかなり特徴的であるが現にそのような女がいる事はこの目で確認している。そして、その出で立ちはさらに不気味である。黒いロングヘア、黒い眼、黒いワンピース。
 ただ片桐の話では瞳自体はかなりの三白眼だと言う。俺はそこまでじっくり直視したわけではないのでなんとも言えないが、漆黒のアイラインを施しているようなイメージか。
 そしてこれまた奇妙なことに、その目を数秒間見つめていると魅入られるかのように立っていられなくなると言う。俺は前述の通りそこまで目を凝視していなかったのでこれは分からないが、もしかしたら現実では説明できない不可解な催眠術のようなものを体得しているのだろうか。

 そして奴は凶器を使う。だいたい持ち運びのしやすく軽量なものが多いようだが、片桐は目潰しを食らっている。
 全身に武器を仕込んだ上で空手の有段者?でもあると言う。左利きの構えを見せたと言うから、普段からサウスポーなのかそれともスポーツの時だけそうなるのかは不明だが、とにかく奴の空手の腕は確かであったらしい。

 ここまでやつの特徴を整理して、こんな不気味な女が存在するとは自分でも思えない事だったが悲しいことにこれらは全て事実だった。
 千葉県内どころか、この日本にそんな女が存在することが理解できなかった。
 そしてそいつが今この瞬間も奴はどこからか俺たちを狙っているのではないか、家にいても常に気が抜けない。

 次に女の行動パターンのようなものを思い出す。初めて現れた、と言うか第一の事件が起きたのは先月中頃か、その時も日没後の暗い路地だったと言うから、基本的にそれくらいの時間帯が主な活動時間なのだろう。

 となると日中は仕事はしていないのか?それか仕事を終えてすぐ様行動を起こしているのか、もしくは夜勤などを生業にしている人間なのか、ここら辺はなかなか予想がつかない。

 その後俺たちとも遭遇し、今日の片桐襲撃に繋がると言うわけだが、こう考えると大女の出現する時間帯が不気味にも段々と早まっていることに気づく。少女が襲われた第一の事件に至っては完全に夜だっだ。暗闇に紛れるのがやつにとっても都合が良いはずなのは言わずもがなだろう。

 陽が落ちる前から姿を表すようになった事、それについて嫌な推察が一つ思い浮かんだ。
 奴は俺たちに姿を見られて以降、大胆な犯行を厭わなくなったように思う。それは裏を返せば、俺たちがターゲットであるという証左とも取れる。だとすると森で奴を目撃していたことはバレていたのか?あの時はたまたま逃げ切れたのか、そう考えるのが自然かも知れない。一刻も早く目撃者である俺たちを抹殺しようと女も焦っているのだろうか。

 だが片桐と稲川の下校ルートを知っていたかのように現れたのはよく理由がわからない。
 工藤の言う陰謀論ではないがこちらの情報を流している奴がいるのか?流石にそれはないだろうが大女の動きがよりアグレッシブになっていることが気がかりだ。

 素人のプロファイリングではざっとこんなものか、早く警察が捕まえてくれるのが一番だがあの逃げ足の早い女相手に手を焼いていることが手に取るように分かる。

 そして奴の特徴として一つ忘れてはならないことがあった。それが唐突に何かに怖気付いたかのように逃げ去る事。単に通行人がいたから逃走するパターンなどもあるようだが、俺と片桐が襲われた時に周りに人はいなかった。このことはどう頑張っても説明がつかない。

 捕まえられる距離まで迫っていたのに、アイツは急に固まっていた。そして今日も片桐にとどめを刺すことなく、去っていったと言う。訳がわからない、何がしたいんだ?大女の中に僅かな良心が残っており、毎回寸前で取り止めているのかも知れないが、それならそもそも何度も何度も事件を起こすだろうか。

 考えてみれば大女に襲撃された人間は片桐含めみな軽症や無傷で助かっている。毎回獲物を仕留め損なっているようだが、いきなり去っていくのは明らかに不自然だった。
この事が大女を一層不気味なものにさせていた。

 大女についての特徴をまとめると、ざっとこんなもんだろうか。如何にあいつが人間離れした存在かが改めて思い起こされた。
 同じ人間離れでも次は渡について考えてゆきたい。

 渡が現れたのは新学期の初日から。三年三組の存在しはないはずの出席番号39番に嫌に馴染んだその女を知らないのは炭焼き小屋のメンバー及び幾田のみ。
 俺たちが勝手に仲良く記憶をなくしている(これもあり得ない話だが)ならそれはそれで済むことだが、今まであまり接点のなかった幾田までその存在を知らないのは奇妙だ。なぜ幾田なのか、訳が分からない。俺たちと彼女の共通点は何も見当たらない。中学三年生で初めて同じクラスになって、大した印象もないのが正直なところだ。強いて言うならあの森の近くに住んでるくらいか、だったら他にも同級生は何人か居るが渡のことを知らないのは幾田のみだ。

 そして渡の容姿については、あえて書かなくてもいいが非常に優れている。身長はやや高め、スラリとしており何より色が白い。髪型はショートボブというやつか、幼さと大人びた雰囲気が同居しているように思う。生活態度も今のところ目立つようなことはせず、大人しくしている。
 そして写真などが存在することから、急な転校生などでは無く昔から俺たちと同じ学校にいたことが確定的となった。家は幾田の家の近くらしいが誰も正確な場所を知らないと言っていたし俺たちも特定に失敗した。

 性格について詳しいことはわからないが、友達は多いようだ。これは佐野が騒ぎを起こした時にはっきりと分かった。クラスメイトからの盛大なブーイングを受けた佐野は軽くトラウマになったのではないかとさえ思う。

 そしてその時はさめざめと泣いていたかと思えば、その後呼び出した時は急に凛々しくなったり、さらに次の日の朝こちらに話しかけてきたり、掴みどころがない。大女とは違うベクトルで不気味だ。何を考えているのか全くわからない。
 休み時間は静かに本を読んだり、時たま誰かと談笑したりとはっきり言って容姿以外で目立つ点がない至って普通の生徒である。

 最後に、今日起きたことについて整理する。俺たちは渡が確かに森に入るところを見かけた。しかしすぐさま姿を消し、数キロ離れた場所にほぼ同時刻に現れる。こんな事ができるのはマジシャンか世界レベルの俊足を持つ人間くらいだろう。

 それ以外はこの世のものとは思えない。やはり、この事は俺の中でもかなり印象的な出来事である。実際テレポーテーションなどあり得るのだろうか。思い出すだけで背筋にゾクゾクと寒気が走り嫌な汗をかき、肌着が背中に張り付いた。
 テレーポーテーション能力なんて、既知の動物にはない超能力である。

 あの時、俺たちは夢中で森の中を探し回っていたのでどこか隙をついてそこから脱出する事はやろうと思えば無理ではないのかもしれない。
 しかし、そこからの移動はどうやっても説明がつかなかった。結局今日の話し合いでもそこはうやむやになって終わってしまっている。
 一言で言えば俺たちを欺くかのような動きだった。

 俺は脳内に一気に暗闇がかかるような感覚に襲われた。この街に今何が起きているのか、考えても何もわからない事がもどかしかった。

 それでも考えうる最悪の結末は誰かが命を落とす事、これに尽きるだろう。幸か不幸か、今はまだ誰かが殺されたという話はない。だがこの近辺で起こる凄惨なジンクスに乗っ取るのであれば、そろそろ人の命が失われるような展開になっても不思議ではない。

 そろそろ風呂に入るか、色々あって精神的にも疲れてしまった。纏めたノートは明日あいつらに見せてやるか。

 とりあえず部屋を後にすると、ちょうど二階の廊下に母が立っていた。さしづめ風呂に入れる時間だと俺に付けにきたのだろう。

「あ、母さん。もう風呂入れんの?」

「いや、お風呂はまだなんだけど。明日学校がなくなったわよ。」

「えっ?学校なくなった?」

母の顔が曇る。それと同時に俺は瞬時に母の言葉を復唱する。

「いまね、連絡網が回ってきたの。不審者がまた出たらしくてね、明日は休校になったらしいよ。」
 
「えぇっ。どういうことそれ?」

 青い顔をしてそういう母に、俺も必死の思いでそう聞き返すのがやっとだった。
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