第10話 混沌

文字数 3,741文字


 俺たちは屋上へ続く階段の踊り場に場所を変えた。ジメジメとして薄暗く、気分が陰鬱になるようなこの場所に新学期早々来る者は俺たち以外にいないはずだ。

 ここなら人に話を聞かれることもない。担任が教室に来るまでおよそ十分間、ここで話し合うことにした。みんな落ち着かない様子でソワソワしているのが見て取れる。

「なんかホッとしたよ、あの女のこと知らないの俺らだけかと思ってたわ。」
そう言う工藤に俺も同意する。

「安心しろ、俺と片桐もあの子のこと一ミリも知らないし見たこともなかったから。」

 安堵したのはいいが、何も根本的な解決になっていない。

「取り敢えず状況を整理しようぜ。まず俺たちもお前らに言うべきことがある。でも最初にお前らの話を全部100%聞くから、その後俺たちの話も100%聞いてくれ。」

 片桐が全員の顔を見ながらお互いの興奮を収める。正直一番リーダーシップのある男だ。

「ああ、いいよ。そっちも何かあるんだな。順序立てて話すわ。」
少し冷静さを取り戻した工藤が事細かく話し始めた。

「まず7時55分前後に俺と佐野は教室に到着したんだわ、それから約3分遅れぐらいで上野も来た。俺らが昨日のこととか色々話してたらあの女が8時ぴったりくらいに教室に入ってきたわけよ。俺らも最初はあんまり気にもとめてなかったんだけどさ。」

「その時、クラスの他のやつの反応は?」
俺は食い気味に尋ねた。クラスの連中の反応、ここが一番気になる点だったからだ。

「それがさ、おかしいんだよ。他の奴らまるであの女が昔から三組にいたかのように振る舞ってんだ。普通におはようって挨拶したり他の女と話をした後一番後ろの席に座ってよ、俺らはもちろんあんな奴いたっけ?ってなるじゃん。転校生とかだったらいきなり教室に入ってこないだろ。」

 これで俺と片桐が出した少女が転校生説はあり得なくなる。クラスメイト全員が俺たちのような反応をしていないとおかしい。また、転校生がなんの紹介もなく現れるのは不自然だ。

「あんまり教室内であんな女いたか?なんて話もし辛いだろ?だから俺ら外で女を観察してたりしたわけなんだわ。そしたらやっぱり俺ら以外はあの女を昔から知ってるかのように普通に話したりしててよ、すげぇ気持ち悪くて。他のクラスの生徒なんじゃないのかって言ってるところにお前らが来たんだよ。」

今度は上野から説明が入る。いよいよ部分的記憶喪失説が現実味を帯びてきたが、五人まとめてそのようなことが起きるのだろうか。

「俺はドッキリかなんかだと思うけどねー。しかもあの女、俺たちに挨拶もせずお高く留まって本なんか読みやがってよ。」

佐野も話に割り込んでくるがドッキリというのはともかく、級友総出でこちらを騙そうとしていると言う点は真新しい視点だった。やはり見ている世界の違う男である。

「ドッキリかよくわからんがクラスぐるみでそんな意味不明なことして何になるんだ?それで結局あの女はどこの誰なのよ。」

片桐が佐野のドッキリ説を一掃する。やはりドッキリなどという目的もわからない珍説は現実味がない。
 それに対して佐野が匙を投げるようにぶっきらぼうに答える。
「俺ら騙してその反応楽しんでるんじゃねえの。」

「だとしても結局あの女はどこの誰なのって話になるんだよな。話がごっちゃになってくる。」
工藤が頭を抱えながら呟いた。整合性の取れない説の羅列に悶々としている。

「ひとまず俺らの話は以上なんだけどさ、お前らは何があったんだよ?それは昨日の大女と関係あったりする?」

今度は上野が俺たちに問いかける。
俺は一呼吸置いてから、こちらもできるだけ正確に今朝の出来事を全員に伝える。

「いや、それは無いよ。今朝片桐と登校中の話なんだけどさ、正に教室にいたあの子を学校の近くの横断歩道で目撃したんだ。あの子が俺たちの少し前を歩いてて、横断歩道を渡り切ったあとこっちを向いて俺らの顔見て笑ってきたんだよ。」
拙い説明だが、一通り説明を終えると片桐が補足する。相槌を打ちながらも全員心ここに在らずといった表情をしていた。

「つまりあの女は俺らの事知ってる可能性があるって事だ。他に周りに人がいなかったから絶対に俺らに向かって笑ってたんだよ。」

「なんだお前ら顔見て笑われたのか。」
上野が揚げ足をとる。確かにこれだけでは俺たちが知らない少女に顔を見て笑われただけの話だ。俺は少し慌ててさらに付け加えた。

「そこじゃないんだよ、わざわざ振り返って不自然だろ?しかも急になんだぞ。向こうはこっちを認識してるっておかしくないか。」

「ちょっと疑問なんだけどさ、あの女はお前らのことをまるで前から知ってる友達みたいな感じで接してきたわけだろ?こっちは知らないのに。そしてなんで俺ら5人だけあの女を知らないんだ?なぜ他の奴は知らない女がクラスにいても普通に振る舞っている?」

次から次へと工藤が疑問を投げ掛けてくるが、何一つ答えが出ない。全員が首を傾げる。

「あんなやつ、そもそも俺らの学年にいなかったよな。あんな美人いたら絶対知ってるもんな、周りの奴はいつも通りだし、俺らが頭おかしくなっちゃったんじゃないだろうな?」
上野の言う通りだった。あの少女はかなりの美人だし、例えクラスが違えど学年にいたらこちらが知らないわけがない。

「そこなんだよ、俺と片桐は最初二人だけ一部の記憶がなくなってるってのかもと話してたんだよ。そしたらお前らも知らないと言う。五人仲良く記憶が抜け落ちたりするのか?」

 クラス全員に少女のことを知っているか確認したわけではないが、少なくとも3人の供述通りだと前々からその少女が三組に存在したかのような扱いになっているようだ。

「俺たちがパラレルワールドに迷い込んでるとか?」

「いや、でもクラスに一人増えた以外特に変わった点はないぞ。もしそうだとしたらもっと他にも色々変化があるはずだ。」
 佐野がまた素っ頓狂なことを言い、工藤が真面目な考察をする。混沌とした考察が謎を深める。

「てか女の名前誰も確認してないのか?」
片桐の発言に全員が顔を見合わせる。。確かに名札をつけていたが、距離が遠くて苗字が見えなかったのだ。

「そういえば見てねえな、名札はつけてたよな。あんまり女の胸元じろじろ見るのは気が引けてよ。佐野か工藤は名前見たか?」

上野が二人に確認するも両者首を横に振る。

「まぁ名前はこのあと出席確認で分かるだろ、それで色々分かってくると思うぞ。そろそろ時間だし教室行くか。」

片桐が携帯電話の時間を俺たちに見せて教師への移動を促す。全員緊張してるのか、歩き方がぎこちない。教室に入るともう同級生たちはそれぞれ着席し、周りの友人たちとお喋りなどをしている。教室の一番後ろ、少女は一人窓の外を物憂げに眺めている。

「あんまり見るなよ、不審がられるからな。」
工藤が小声でそう言って、各自自分たちの席に座る。俺は廊下側の一番後ろの席だった為、少女の方にちらりと視線をやるもあまり凝視はできない。

「永瀬くんおはよう、夏休みの宿題ちゃんとやってきた?」
俺の前の席の水間佳音が急に振り返り、声をかけてきたので少し驚いた。長い髪をかき上げる仕草が、夏休み前よりも少し大人びた表情になった水間の様子にドキりとする。

「あっ、おはよう。宿題、結構やってるよ。うん。」
チグハグな回答になってしまったが、取り敢えずはそう答える。

「結構って、ちゃんと全部やらなきゃだめじゃん。」
切れ長の瞳を携えた端正な顔立ちが綻ぶと、まだあどけなさの残る八重歯が現れる。

「いや、まぁそのなんと言うか9割ぐらいは終わってるかな。」
 クスクスと笑う水間に特に変わった様子はない。クラスメイトが一人増えたことに違和感を感じていないのか。
 
 他のメンバーたちも周りの友達と話をしたりしながら担任が来るのを待っている、幸か不幸か例の少女の近くの席のメンバーはいない。さすがにあいつらも少女の存在については周囲に聞いていないようだ。そうこうしているうちにチャイムが鳴り、担任の岸田先生が入室してきた。

 岸田のグリーンのポロシャツにグレーのスラックス姿、秋雨の湿気でうねった癖毛頭は以前と何ら変わらない様子であり、いつもどおりと言って差し支えなかった。岸田の口から増えたクラスメイトについて言及されるのか、気になるところではある。

「おはよう、みんな元気だったか?全員いるな、よしよし。」
 岸田が教室中を見回し、教卓の前に立つ。俺はその一言一句を聞き逃さない。今全員いると言ったが、それはあの少女も含めてと言うことか。
一通り起立、礼、着席を済ますがもちろん少女もクラスの一員としてそれに参加している。とても奇妙な光景だった。

「ではこれから出席をとるから、ちゃんと返事をしていくように。」
岸田が教卓の上にクラスの名簿を広げる、緊張の一瞬が始まる。拳に力が入り、唇をギュッと噛み俺はその時を静かに待つ。

















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