第5話 帰路
文字数 2,776文字
「いや、正確には見られたかもなんだよ。」
上野が先ほどより落ち着いた様子で話し始める。その言葉に少しだが一同胸をを撫で下ろすことができた。
「俺ら着信音なってすぐ逃げたけど、それと同時ぐらいに女も振り返ってたんだよ。完全に姿を見られたわけじゃなくてこっちの音に気付いて、向こうもびっくりしてたみたいな。」
「なるほどな、じゃあ俺たちが完全に特定されたりした可能性は低そうだな。奴はあくまで音だけを認識したのかも、誰も姿は見られてないって線もあるぞ。それにすぐに追っかけてこなかったってことは俺らが標的になってないってことじゃないか?」
希望的観測を含んだ意見ではあるが、片桐が言っていることは辻褄が合う。
「だとしたら絶対に姿を見られてない俺と佐野もセーフだってことだよね?」
「そうだ、俺ら意味わからないまま走ってここまできただけだぞ。」
工藤と佐野は確かに曲がり角から顔を覗かせていない。完全に木立の影に隠れておりあの広場から姿を認識することはできないはずだ。
「だろうな、見られた可能性が高いのは俺と片桐と上野の三人かな。俺らだって携帯がなった1秒後ぐらいに逃げたしな。」
「俺もやつが振り返りそうになった瞬間にすぐ駆け出したから完全に見られてるかは微妙だぜ?」
俺と上野もアリバイの証明をする被疑者のように当時の状況を思い出せる限りで説明する。
そこから暫くは俺はセーフだがお前はアウトだ、と言ったような小競り合いが続いた。この際誰が姿を見られていてもピンチであることは変わりなかったが、今のこの状況でそれを理解することは頭が追いついていなかった。いかに自分が女に見られてないかに重点を置いていた。
終わりのない論争の途中、唐突に片桐が切り出す。
「まぁ考えたって仕方ない、そろそろ帰ろうぜ。親も心配するだろ。」
そう言いながらしきりに携帯電話を気にしたり何故かソワソワした様子が見て取れる。
「わかったぞ。片桐お前、帰らないとママより女に怒られるんだろ。」
たまにこう言う名推理をするのが佐野である、片桐は図星なのかうわっとした顔をみせる。
「違う違う、ここにいてもずっと安全ってわけじゃないぞ?家が一番安全なことはわかるだろ。」
明らかにおかしいタイミングと片桐のあまりの慌て方に全員がどうせまた彼女だろ、と失笑気味に突っ込むもずっとここにいても仕方がないのは間違いないとのことで、今日はお開きになった。
「帰ったらちゃんと生存報告しような。無事帰宅したって一言グループにメッセージを、送りあおう。」
俺が言うと全員が頷く。皆ある程度は家の方向が同じだったので、コンビニを出てそのまま住宅街の方へ歩き出す。はっきり言ってもう今日は一切夜道を歩きたくないし、タクシーでも捕まえて帰りたい気分だった。
この帰路は死のロングウォークにならないだろうか、突然後ろからあの女が狙っていないか、全員が言葉には出さないが必要以上に後ろを振り向来ながら歩いている。
「そういえばさ、明日始業式終わったら一応炭焼き小屋いく?」
暫く歩いたのち、佐野が突然尋ねる。夏休みが終わったからと言って炭焼き小屋に集まらなくなるのは正直寂しいのかもしれない、それは俺も同じだ。ただしばらくあそこへ行くのは控えるのが正解だとは思う気持ちもあった。
「行って大丈夫かな、またあの大女うろついてるんじゃない?」
そう心配そうに言う工藤だが、その心配ももっともだった。こんな事があった後だ。一番懸念されるのはあの女の今後の動向である。
「まぁ大丈夫じゃね?ちょっと暑いけど扉閉めておけば外からは見えないし。鍵もこの前つけたしな、なんかこんな事で炭焼き小屋が使えなくなるのはなぁ。」
上野が言うことも一理ある、女は俺たちが炭焼き小屋にいた場面に出くわしていない。あくまで小屋の外で奴を目撃し、奴もこちらが小屋にいるところは見ていない。だが無責任なことは誰も言えなかった。
「学校終わりに行って、日が暮れる前にに帰れば大丈夫じゃねえか?永瀬はどう思う?」
グループの副リーダー片桐が俺に最終決定権を託す。
「あーそうだな。女の行動パターン的に活動時間は日没後っぽいんだよな。イカれた通り魔でも昼間から堂々と姿あらわすほど馬鹿じゃないみたいだし。」
少し葛藤したが、俺はこの一ヶ月大切に作り上げた遊び場を奪われるのが嫌だという気持ちが勝ったのでそう答えた。
「じゃあ絶対約束ね、4時には帰宅しよう。」
工藤が何度も4時と繰り返し、念を押す。
「ああ、必ず4時には解散で。」
俺も工藤に同調してそう答えると、他のメンバーも納得しているようだった。
歩きながら話しているうちに、工藤と佐野の住むマンションの前までたどり着いた。二人は同じマンションの別の棟に住んでいたので、ここでお別れである。
「じゃあなお前ら、また明日だな。行くぞ工藤。」
「あ、待ってよ。俺も帰るわじゃあな。」
佐野と工藤があっさりした別れの挨拶をしてマンションのエントランスの方に消えてゆく。
「じゃあな、また後で生存報告してくれよ。」
俺たちの声をちゃんと聞こえていたかわからないが、俺たちも二人を見送ることなくすぐ歩き始める。
時間は19時になろうとしていた。二人と分かれて3分後ぐらいに、すぐに佐野からメッセージが送られてくる。ただ一言、『無事帰宅!』とだけ。
「なんだよこいつめちゃくちゃ真面目だな。」
「工藤の方はママからの説教中だべ?」
ここだけを切り取ればいつもの帰宅風景と変わらなかったが、先ほどの恐怖体験が心の中で完全に鳴りを潜めた訳ではなかった。メンバー全員がいた時はそれなりに安心感もあったが、もうほとんど上野の家の近くまで来ており、また一人減ることになる。
「じゃーなお前ら。気をつけて帰れよ。」
上野の家の前までたどり着いた俺たちは彼に別れを告げる。
この辺りから俺も片桐も5分程度で家に着くが、途中の分かれ道で俺たちが分断されるのは避けられないことだった。道が分かれてからおよそ3分で家に着く距離だが、この3分はどれだけ心細いだろう、そろそろ分かれ道が見えてくる。お互い中身のない会話を続けながら歩いていたらあっという間に家の近くまで来ていた。
「なぁ永瀬、さっきから気付いてるか?」
分かれ道の手前で片桐が急に小声で俺に聞く。
「えっ、なにが?」
片桐の表情には余裕がなかった、俺も不安を隠せない。
「俺たち誰かにつけられてないか。」
家まで残り数百メートル、言いようのない不安が再び俺たちを襲う。
上野が先ほどより落ち着いた様子で話し始める。その言葉に少しだが一同胸をを撫で下ろすことができた。
「俺ら着信音なってすぐ逃げたけど、それと同時ぐらいに女も振り返ってたんだよ。完全に姿を見られたわけじゃなくてこっちの音に気付いて、向こうもびっくりしてたみたいな。」
「なるほどな、じゃあ俺たちが完全に特定されたりした可能性は低そうだな。奴はあくまで音だけを認識したのかも、誰も姿は見られてないって線もあるぞ。それにすぐに追っかけてこなかったってことは俺らが標的になってないってことじゃないか?」
希望的観測を含んだ意見ではあるが、片桐が言っていることは辻褄が合う。
「だとしたら絶対に姿を見られてない俺と佐野もセーフだってことだよね?」
「そうだ、俺ら意味わからないまま走ってここまできただけだぞ。」
工藤と佐野は確かに曲がり角から顔を覗かせていない。完全に木立の影に隠れておりあの広場から姿を認識することはできないはずだ。
「だろうな、見られた可能性が高いのは俺と片桐と上野の三人かな。俺らだって携帯がなった1秒後ぐらいに逃げたしな。」
「俺もやつが振り返りそうになった瞬間にすぐ駆け出したから完全に見られてるかは微妙だぜ?」
俺と上野もアリバイの証明をする被疑者のように当時の状況を思い出せる限りで説明する。
そこから暫くは俺はセーフだがお前はアウトだ、と言ったような小競り合いが続いた。この際誰が姿を見られていてもピンチであることは変わりなかったが、今のこの状況でそれを理解することは頭が追いついていなかった。いかに自分が女に見られてないかに重点を置いていた。
終わりのない論争の途中、唐突に片桐が切り出す。
「まぁ考えたって仕方ない、そろそろ帰ろうぜ。親も心配するだろ。」
そう言いながらしきりに携帯電話を気にしたり何故かソワソワした様子が見て取れる。
「わかったぞ。片桐お前、帰らないとママより女に怒られるんだろ。」
たまにこう言う名推理をするのが佐野である、片桐は図星なのかうわっとした顔をみせる。
「違う違う、ここにいてもずっと安全ってわけじゃないぞ?家が一番安全なことはわかるだろ。」
明らかにおかしいタイミングと片桐のあまりの慌て方に全員がどうせまた彼女だろ、と失笑気味に突っ込むもずっとここにいても仕方がないのは間違いないとのことで、今日はお開きになった。
「帰ったらちゃんと生存報告しような。無事帰宅したって一言グループにメッセージを、送りあおう。」
俺が言うと全員が頷く。皆ある程度は家の方向が同じだったので、コンビニを出てそのまま住宅街の方へ歩き出す。はっきり言ってもう今日は一切夜道を歩きたくないし、タクシーでも捕まえて帰りたい気分だった。
この帰路は死のロングウォークにならないだろうか、突然後ろからあの女が狙っていないか、全員が言葉には出さないが必要以上に後ろを振り向来ながら歩いている。
「そういえばさ、明日始業式終わったら一応炭焼き小屋いく?」
暫く歩いたのち、佐野が突然尋ねる。夏休みが終わったからと言って炭焼き小屋に集まらなくなるのは正直寂しいのかもしれない、それは俺も同じだ。ただしばらくあそこへ行くのは控えるのが正解だとは思う気持ちもあった。
「行って大丈夫かな、またあの大女うろついてるんじゃない?」
そう心配そうに言う工藤だが、その心配ももっともだった。こんな事があった後だ。一番懸念されるのはあの女の今後の動向である。
「まぁ大丈夫じゃね?ちょっと暑いけど扉閉めておけば外からは見えないし。鍵もこの前つけたしな、なんかこんな事で炭焼き小屋が使えなくなるのはなぁ。」
上野が言うことも一理ある、女は俺たちが炭焼き小屋にいた場面に出くわしていない。あくまで小屋の外で奴を目撃し、奴もこちらが小屋にいるところは見ていない。だが無責任なことは誰も言えなかった。
「学校終わりに行って、日が暮れる前にに帰れば大丈夫じゃねえか?永瀬はどう思う?」
グループの副リーダー片桐が俺に最終決定権を託す。
「あーそうだな。女の行動パターン的に活動時間は日没後っぽいんだよな。イカれた通り魔でも昼間から堂々と姿あらわすほど馬鹿じゃないみたいだし。」
少し葛藤したが、俺はこの一ヶ月大切に作り上げた遊び場を奪われるのが嫌だという気持ちが勝ったのでそう答えた。
「じゃあ絶対約束ね、4時には帰宅しよう。」
工藤が何度も4時と繰り返し、念を押す。
「ああ、必ず4時には解散で。」
俺も工藤に同調してそう答えると、他のメンバーも納得しているようだった。
歩きながら話しているうちに、工藤と佐野の住むマンションの前までたどり着いた。二人は同じマンションの別の棟に住んでいたので、ここでお別れである。
「じゃあなお前ら、また明日だな。行くぞ工藤。」
「あ、待ってよ。俺も帰るわじゃあな。」
佐野と工藤があっさりした別れの挨拶をしてマンションのエントランスの方に消えてゆく。
「じゃあな、また後で生存報告してくれよ。」
俺たちの声をちゃんと聞こえていたかわからないが、俺たちも二人を見送ることなくすぐ歩き始める。
時間は19時になろうとしていた。二人と分かれて3分後ぐらいに、すぐに佐野からメッセージが送られてくる。ただ一言、『無事帰宅!』とだけ。
「なんだよこいつめちゃくちゃ真面目だな。」
「工藤の方はママからの説教中だべ?」
ここだけを切り取ればいつもの帰宅風景と変わらなかったが、先ほどの恐怖体験が心の中で完全に鳴りを潜めた訳ではなかった。メンバー全員がいた時はそれなりに安心感もあったが、もうほとんど上野の家の近くまで来ており、また一人減ることになる。
「じゃーなお前ら。気をつけて帰れよ。」
上野の家の前までたどり着いた俺たちは彼に別れを告げる。
この辺りから俺も片桐も5分程度で家に着くが、途中の分かれ道で俺たちが分断されるのは避けられないことだった。道が分かれてからおよそ3分で家に着く距離だが、この3分はどれだけ心細いだろう、そろそろ分かれ道が見えてくる。お互い中身のない会話を続けながら歩いていたらあっという間に家の近くまで来ていた。
「なぁ永瀬、さっきから気付いてるか?」
分かれ道の手前で片桐が急に小声で俺に聞く。
「えっ、なにが?」
片桐の表情には余裕がなかった、俺も不安を隠せない。
「俺たち誰かにつけられてないか。」
家まで残り数百メートル、言いようのない不安が再び俺たちを襲う。