第37話 内通者

文字数 3,257文字


1時間目が終わるとすぐに俺たちは屋上へと集まった。いきなり話しかけて来た渡の動向について考察するのだと思って1時間目の間ほとんどそのことばかり考えていた。

だが、今回全員を招集した工藤の雰囲気がどうもおかしい。メンバーの顔をじろじろと見回している。

「なんだよ、なに人の顔じろじろ見てんだよ。」

その視線を払い除けるかのように片桐が言うと工藤が待っていたと言わんばかりに声を荒げる。

「おい、こん中に裏切り者がいるだろ?お前か!?」

「ハァ??いきなりなに言ってんの。」

片桐の反応は至極真っ当でいきなり裏切り者だと叫んだ工藤へ全員が言葉を投げかける。

「どう言うこと?裏切り者ってなんだよ。」

「とうとう頭がおかしくなったんか?」

事態が飲み込めない上にいきなり裏切り者などと言う単語を発した工藤に全員が詰め寄るが、当の本人はさも当然のことを言ったと言う顔をしている。

「うるせぇ、お前らおかしいと思わないのか?絶対渡と繋がってるやつがいるんだって。」

「おいなんの冗談だそりゃ、根拠を言えよ。根拠を。」
俺が静止しようとするも工藤が顔を引きつらせてそれを拒む。

「おっと、触るなよ。永瀬お前も渡派の人間なんだろ?なぁ、繋がってるんだろ?あの女とよ?」

「工藤はさっきからなに言ってんだ?俺だけが理解できてないの?」

「いや、佐野だけじゃねえ。なぁ落ち着けよ、一回冷静になってちゃんと筋道立てて話せよ。」

 佐野は珍しいものを見るような目で工藤を見つめており、横から上野が工藤に訴えかける。
工藤が落ち着きを取り戻すまでに実に五分の時間を要した。全員で泣き声をあげる赤子をあやすように、ゆっくりと時間をかけ工藤を諭す。いつもの要領であるが、こちらが手間をかけ話を全て聞くと言う意思を提示することで工藤が語り始める。

「俺がなにを言いたいかと言うとだな?この中に渡と繋がってる人間がいると考えてるわけだ。」

「それは聞いたよ。で、それはなんで?」
片桐は笑いそうになりながらそう尋ねる。この意味不明な工藤の発言に心底ばかばかしいと感じているのだろう。

「なんでかって言うとだな、昨日のラブレター作戦からしておかしかったんだよ。まるでこっちが呼び出すのを知ってたかのように現れたり、さっきだってそうだろ。突然後ろから話しかけてきやがって。」

「それだけか…?お前はそれだけのことで大騒ぎしてるのか…。」
全く筋の通っていない話に、俺は拍子抜けをしてしまった。だがそれは周りも同じだ。

「それだけって、それ以外ないだろ。考えてみろ、不自然なことだらけじゃん。」
工藤がさも当然のように続けが、その口調がひどい早口で聞き取るのに苦労する。

「おいおい、それは全部偶然だろ?」
偶然、その言葉一言で片付けていいものか正直自分でも自信がなかったが、とりあえず俺はそう返答する。実際に不自然なことが続いたためわずかだが俺の心も揺らいだ。

「偶然で渡が話しかけてくんのか?偶然であんな手紙に釣られて呼び出されるのか?誰かこん中に渡と繋がってる奴がいるとしか思えねぇんだよ。」

「まぁ待て、仮にそう言う奴がいるとしてそれに何のメリットがあるんだ?」
根も葉もない話を繰り返す工藤に片桐が核心をついた質問を投げかける。それを聞いた上野も続く。

「そうだよ、そんなことしても何の意味もないだろ?もうちょっとマシな事言えよ。」

「じゃあ何でさっき渡は俺たちに話しかけてきた?誰かが武装する事を話したんだろ?メリットなんて知らねえ。」

 ありもしない話だとはわかっていたが、この中の誰かが渡と繋がっていると考えるとそれはそれでゾッとする話である。工藤が言うように、渡の不自然なこちらへの接触は少し考えさせられる点はいくつかあった。

「えぇ…。そんななんの利益もない行為誰もしないよ。」
片桐が困り顔でそう否定する、周りもそれに合わせてそうだそうだと答えた。

「おい、片桐。お前昨日稲川を送るとか言ってたけどその時間渡と密会してたんじゃねえのか?お前だけだろ?アリバイがないの。」

「ハハハ、それめちゃくちゃ面白えな。」
工藤が真面目な顔で話をでっち上げると佐野が手を叩いて笑った。

「お前ふざけんな、冗談でもそう言うこと言うのはやめろ。どこに未来いるか分かんねえだろ。」

「まぁ待てよ、それはある意味あってほしい展開だけどさ、俺らも稲川と片桐が帰るところちゃんと見てるじゃん。」
 片桐は少し強めの口調でそう言い、上野もそれをフォローする形で話に割って入った。昨日昇降口で稲川に捕まった片桐は、確かにそのまま校門を出ていく姿を俺たちは見ている。

「その後会ってたかもしれないぞ。それか上野お前か?お前女子と喋るの得意だもんな。こっちの情報流してるのてめえか?」
今度は助けに入った上野に工藤の言いがかりが始まる。ご存知の通り工藤は陰謀論のようなものを一度言い始めると、周囲が見えなくなる。

「いや、意味わかんねえよ。女と仲いいって言うんだったら永瀬も水間とかと仲良いだろ?」
まともに相手にするのが馬鹿馬鹿しいと思ったのか、上野が俺に標的を変えるよう仕向ける。

「なに言ってんだよ、それだけで渡と繋がってるっておかしいだろ?」

「それは工藤に言えよ。」
こんな根も葉もない与太話に付き合うつもりは無かったので、俺はしっかりとここで話を断ち切ろうと否定する。

「確かにな。おい永瀬、お前渡からリーダーだもんねって言われてたよな?やっぱりお前が裏切り者か?」
上野のせいで工藤の妄想が暴走を始めとうとう俺にもその妄言が向く。渡の発言がここに来て俺を苦しめる。

「落ち着けって。こん中にそんな人間いると本気で思ってるのか?そんなことして何になんだよ。もう全部偶然で片付けりゃいいだろ?」

「そうだ、もう偶然でいいじゃない。めんどくさい、こんな事でバカバカしいわ。」

 俺が工藤を突き放すようにそう答えると、片桐がそれに加勢する形で工藤を非難する。

「お前らな、こんな偶然がずっと続くか?馬鹿馬鹿しくなんかないぞ、あんな得体の知れない女と繋がってる奴がこの中にいると考えたら俺は怖くて寝れねえよ。」
もう誰も相手にするつもりはなかったが、工藤の言うことも部分的には同意できる。はっきりしない理由で向こうからアクションを仕掛けてきた渡の動向が全く気にならないわけではなかった。だがそれだけでグループ内に裏切り者だの内通者がいるだのと言う短絡的な思考になることは理解し難い。

「おい、それより全員疑っておいて俺のことは疑わねえのか。」
 と、先ほどまで黙っていた佐野が不服そうな表情をする。

「佐野は…まぁないだろ。お前は真っ直ぐな人間だから。」
そう言って工藤が少し含み笑いを浮かべる。これに関しては悔しいが工藤と同意見だ。

「間違いない、仮にこの中に内通者がいても佐野だけはないな。」
片桐もそう言って笑っているが、佐野はなんでだと乱暴に言葉を発している。そのまままた工藤が渡との内通者がいる、あの女の正体を教えろとありもしない話を喚き、場が膠着し始める。
 そんな最中、唐突に上野が口を開いた。

「もうさ、今日渡をつけようぜ。帰り道にさ。内通者だかなんだか知らないけども、あいつの家でも特定すりゃちょっとはなんかわかるんじゃないか?」

あまりに突飛なことだったので全員が目を丸くする。

「お前本気か?」
話が進まない上に工藤のような暴論を唱え出した者が出始めたとはいえ、とうとうストーキング紛いのことをし始めようと言う上野に俺が聞く。

「当たり前だろ、お前ら出してこいよ勇気を。」

そう言って上野がゆっくりと全員の顔を見渡す。誰も即座に参加するとは言えない中、またしても停滞した雰囲気を打破するために上野が切り出した。
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