第24話 決断

文字数 4,080文字

 家に着いた頃には14時を回っていた。手を洗い、リビングに向かうとソファに腰掛けテレビを見ていた母が俺に声をかける。

「おかえり、お昼ご飯食べる?」

「いや、時間も微妙だしいいや。」

 俺が答えると、そうと呟き母はまたしばらくテレビのワイドショーを見始める。

「部屋で勉強するから、また晩飯できたら呼んでくれ。」
俺がそう告げると母が少し嬉しそうな顔になる。


「あら、いいじゃない。頑張ってね、勉強も野球ぐらい打ち込んでやると結果が出せるからね。」

「おう、そうだな。じゃあサボらず頑張るわ。」

 廊下に出て母の言葉を思い起こす。結果が出せる、か。
俺は小学三年生から野球を必死に続けて確かに中学でもレギュラーを勝ち取ったし、それなりに活躍もした。それはそれで一つの結果かも知れない。
 だが頑張ってやった割に出せた結果と言うのは、目に見えて存在しなかった。努力したからチームに貢献をできたことも確かだが、それで俺の進路が決まるようなこともなかった。
 野球部を引退した今、熱く燃えていた心は月並みな言い方だがポッカリと穴を開けてしまっていた。高校で野球を続けるかどうかも今の段階では決めあぐねている。

 最後の大会で一応ヒットも打ったが、結局今はこの体たらく。必死に握ったバットとボールをペンに替えるより、仲間たちと毎日遊んで笑っている事の方が当たり前に楽しいし、何より楽だった。

 しかし時期も時期だ、今勉強をしなければ行きたい学校に行けないことも自分が一番分かっていた。
 同じように遊んでいる工藤と片桐は家ではしっかりと勉強をするオンオフの切り替えができる人間であり、成績はいつも学年上位だ。
 上野と佐野はテストの出来はいつも酷かったが、あいつらは最悪高校なんか行かなくてもいいと振り切っている。俺にはそれができなかった。

 メンバーの中でも中途半端な存在だった俺は周りに合わせて勉強することに違和感を感じるものの、上野や佐野のように完全に勉強を捨て去ることもできなかった。そんなことをしたら後の代償が大きすぎる、だがいまいち勉強に身が入らない。
 結局のところ野球と同じように打ち込めないのは、その努力に本当に結果が伴うのかという不安が常に付きまとっていたからだった。

 それでも今は大女や渡にうつつを抜かしている暇はない。その不安を払拭するには一にも二にも、勉強しかなかった。家でぐらいはしっかり勉強しなければと思った今日の俺の決意は固かった。
 自室に入るなり、携帯電話をベッドの上に投げおく。勉強机の上に教科書と問題集を広げ、そこからはただ集中して自分との戦いが始まった。大女や渡霞のことも今は忘れ去ることにした。

 それからだいぶ時間が経っていた。部屋の中の掛け時計を見ると午後の17時を回っており、自分でもよく途中で投げ出すことなく勉強したと思う。
 少し休憩しよう、三時間ぶっ続けで頭を働かせたからかなり疲れた。雨もだいぶ弱まっているが、窓の外は青く湿気た世界が広がっている。

 ベッドに倒れ込み携帯電話を見ると、snsのグループが騒がしい。何かと思って確認してみるとそれはほとんど炭焼き小屋メンバーのグループであった。会話は10分ほど前から開始されており、現在進行形で続いている。

『なぁ、明日渡を人目のつかない所に呼び出さないか。』
そんな突拍子もない事を言っていたのは意外にも片桐だった。

『なに言ってんだよ、さっき派手な事はしないって言ってたのはなんだったんだ。』
工藤がそう返していたが、俺も同意見だ。
片桐は何か考えがあるのか、もう少し読み進めてみる。

『あの女は何か隠してる。みんなの前じゃしおらしく泣いたりしやがったが俺たちには笑ってきたりおかしい点が多い。』

これは答えになっているのか微妙なところではあるが、片桐の言うことももっともだ。

『どうやって呼び出すんですか?』

続いて上野が尋ねている、どう考えても呼び出し方に不自然な点があれば失敗に終わるだろう。

『それをみんなで考えよう。』
片桐は何とも人任せな事を言っている気がするが、誰か一人が暴走してまた失敗するのはごめんだった。現に今日の作戦は佐野のスタンドプレーが悪目立ちしていたのでそこは心配だった。

『またクラスの連中に目をつけられたら今度こそ終わりだぞ。』

『いじめとか言われたらやばい。』

 工藤と上野が懸念の声を上げている。散々派手な事をするのは控えようと言っていたのにコロコロ意見の変わる男だなとも思ったが、何かしら行動を起こさないといけないことも確かだ。
 俺も会話に参加するためにメッセージを送信する。

『手紙で呼び出せばいいんじゃない?』

『いきなり出てきてなに言ってんだ。』
『お前は少女漫画の主人公か。』
『そんなもん送って先生にチクられて嫌がらせ扱いされたらどうするつもりなんだ。』

 何故か猛烈に批判されてしまったが、仕方ない。流石に手紙はなかったか、出し抜けに変な事を言うものではないと痛感する。
 すると否定的な声が多かった中、俺と同じくこれまで一切会話に参加していなかった佐野が肯定の声を上げる。

『いいんじゃね?』

 この男、なにも考えていないなと言うのがよく分かった。元々グループにメッセージを送る事の少なかった佐野だが、俺たちがうるさく議論しているのをたまたま見て何も考えずそう返信してきたように感じる。だが佐野の一言で少し戦局が動いた気がした。

『誰が何て書くんだよ?』

 工藤が物の数秒でそう返信をしてくるが、また佐野が黙り込んでその後姿を表さなかったので、束の間ではあるがグループが静かになった。

『もし手紙を送るなら、絶対に呼び出せる内容じゃないとダメだ。』
 このままでは進展しないと感じたのか、先ほど手紙を馬鹿にしていた片桐が物申す。

『だったらやっぱり愛の告白の手紙じゃないとダメなんじゃない?』

『俺そう言うの書くの苦手だから誰か書いてよ。それとどうやって渡すつもりだ?』
 上野と工藤がそう言っているが、いつの間にか大不評だった手紙作戦が実行されるかのような展開になってきている。他にまともな作戦も思いつかなそうだったからなのか、皆が真剣に考え始めていた。

『内容は置いといて渡の下駄箱か机の中に入れておくってのはどうだ。』
 かなり古典的な方法ではあるが、効果はありそうな手段を俺は提案する。

『それこそ誰かに見られたらやばいぞ。』
 明らかにリスクの大きい行動に工藤が一言、そう送ってくる。どうするべきか、それぞれが模索する。

『いや待て、明日4時間目の体育の前を狙って、女が四組で着替えてる間に机に入れる事なら出来る。』
 俺の代わりに片桐が素晴らしく合理的な案を出すので、それを見て一同が賛同する。

『それだ。その時間を狙おう。』

『逆に言えばそこしかチャンスないかもな。』

 全員新たなアクションを起こすと言う決断に踏み切ったようだった。

『よし、手紙の内容を考えよう。』
 作戦を実行するために、俺が一同に呼びかけると少し時間を置いた後、片桐がその内容を送ってきた。

『話したいことがあります、昼休みに屋上に続く階段で待っているのできてください。これでどうだ?』
かなり簡潔ではあるが、端的に纏まっておりこれ以上の文言を思いつかなかったため、誰も異を唱えるものは居なそうだ。

『まぁそんな感じでいいんじゃね?後は昼休みにちゃんと来てくれるかだけど。』
 工藤は文に関しては特に文句はなさそうだったが、この手紙でちゃんと渡を呼び出せるかは半信半疑のようだった。

『これで来なかったら人間性疑っちまうぜ。』
 上野はそう言っているが、果たしてこんな怪しい手紙にちゃんと答えてくれるのかは確信が持てない。

『で、いざ呼び出したらどうすんの?俺たち全員で待ち構えてるわけか?』

俺の次なる段階に対する疑問に、また皆のそれぞれの想いが錯綜する。

『囲んで尋問みたいな事して大丈夫なのかよ?』

『ちょっと詰められたぐらいで泣くような女なのにまた大騒ぎされたら今度こそ終わりだろ。』

 工藤と上野の文章からも、同じ轍を踏んではならないと言う想いが伝わる。
 

『それなんだけどあくまでこちらも紳士的に対応しようと思う。俺たちはあなたの事をよく知らないから、ちゃんと教えてくれってな。』
 と片桐は少し長めの文章を送ってきたが、佐野のように手荒なやり方ではないと言う事を強調しているように見えた。

『ふーん、まぁ何か考えがあるんなら良いけど。ヤバくなったら俺逃げっからな。』
 工藤が投げやりな事を言っているが、片桐に任せれば大丈夫だと言う確信がどこかにあるのだろう。実際、この中で一番頼れるのは間違いなく片桐だった。

『そうならない為にも、こっちのペースを乱されないよう上手くやるんだよ。まぁ各自どんな事を聞くかちゃんと考えておいた方がいいぜ。』
 片桐が皆にそう促す為、一様に質問の内容を考える。

『俺はどこに住んでるか聞こうかな。』

『いや、単刀直入に佐野式でお前誰だで行こうかな。』

『上野お前ふざけるなよ、また泣かれるだろうが。』

『うそうそ、流石にそこまで馬鹿じゃない。』

 明日の作戦に備えて色々思案しているうちに、1時間ほど経っていることに気がついた。下の廊下から、母が夕食ができた事を伝えるためこちらに声をかけている。

『俺晩飯の時間だからまた後でな。』
 と俺が送ると他の仲間たちもまもなく夕食時だったようで、一旦ここで会話の流れが止まる。また、手紙に使う紙は片桐が妹の持っている便箋を拝借する事となった。

 明日は運命の日になるかもしれないので少し浮き足立つ気持ちもあったが、高鳴る鼓動を押さえながら夕食を食べるべく一階へ向かって行った。
 









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