第46話 真偽

文字数 3,082文字

「もう一回ちゃんと教えてくれ。本当にお前らが追ってたのは渡なの?別人だったんじゃないのか?」

 不気味にも思えるほど片桐の声は低かった。工藤が幻覚扱いしたことが気に障ったのかもしれない。

「逆にこっちが言いたいんだけど、片桐の方こそ夢でも見てたか勘違いなんじゃねえのか?」

柄にも無くシリアスな発言をする佐野に、それを全員が援護するかのように続く。

「そうだよ、俺らは間違いなく渡を追ってた。その上であいつはいきなり消えたんだよ。」

「あり得ないだろ?森に入る直前まではバッチリ見てたんだぞ。そこからあそこのトンネルまで瞬間移動できるわけないじゃん。」

 上野がまず俺たちが直前まで渡の姿を捉えていたことを主張し、それにかぶせる形で工藤も物理的にあり得ないと強調している。

「待て、俺も最初は見間違いかと思ってたんだけど思い出したんだ。俺、渡と喋ってるんだよ。本当にはっきりとな。」

 片桐は嘘を言っているようには見えなかった。十年近い付き合いだから直感でわかると言うこともあったが、ここで頑なに演技をするような男では無い。それは他の連中もきっと分かっている。
 だからこそ事の真偽を確かめる事に難儀した。

「片桐が襲われた時間と俺らが渡を見失った時間は本当に同じくらいなのか?多少のズレがあればトンネルまでいけるんじゃ無いのか?」

 俺はなんとか双方の意見に矛盾が生まれないような、できるだけ現実的な視点から話を進めるよう努めた。だが、すぐさまそれに対して否定的な意見が出てくる。


「無理だろ、正確な時間は分からなくてもおおよそ同時刻に起きてる事だし。多少はズレててもあの森からトンネルまで徒歩だと30分以上は掛かると思う。」

工藤の言う通りであった、徒歩以外であればもう少し時間を縮められるかもしれないがこれも可能性は低い。森に入ったあと、即座に姿を晦ました渡がなんの交通手段を取ったと言うのか。

「うん、間違いねえよ。俺らみたいにタクシーでも使えば話は別だけどあの時は本当にいきなり渡が消えたからなぁ。」

上野が言うように、自動車を使えば無理では無いだろうが、そのような可能性も限りなく低そうだった。あの森付近に怪しい車両などはなかった上に、辺りに車を手配する場所がまずない。

「だからさ、やっぱりお前らの見間違いかそっちが渡の幻覚を見てたとしか思えないんだよ。俺からすればな。」

 片桐も自分が見たものが現実のものであると一点張りのようであった。だがそれはこちらとしても同じ事、とは言え4人が目撃している俺たちの方が辻褄は合うだろう。そこで俺は少し気になった事を尋ねてみることにした。


「じゃあさ、稲川は見てなかったのか?渡が来た時も気絶してたの?」

「そうなんだよ、何も覚えていないらしい。家に帰ってからも寝込んでいるらしくて。」

「そうだったか、それはお大事にって感じだな。」

 片桐が少し言い淀んだ為、全員が気の毒そうに相槌を打った。ともあれ、俺たちも片桐も自分たちが見た渡が幻覚では無いと言う事を頑として譲らなかった為話が平行線になっていった。

「もう、こんな不毛な言い争い意味ねえよ。それよりもお互い納得できるような説を考えた方がいいよ。」

 一旦話を仕切り直し、現実的な目線から話を展開しようと片桐が落ち着いた口調で全員を説くが、すぐさま上野が横槍を入れる。

「納得できる説なんてないだろ。今回ばかりは本当の超常現象だよ。消えた人間が同じ時刻に別の場所に現れてるのよ?」

「だからさ、なんかトリックみたいなものを使えばいけるんじゃないか?渡に協力者がいてそれこそさっきも言ってたタクシーかもしくは車に乗って移動したとかさ。」

 片桐はなんとか話の整合性のある方向へ持っていきたいらしい。裏を返せばこれは超常現象なんて馬鹿げたものではないと辻褄の合う事象であることを証明したいようだった。だがそれがかなり困難であることを俺を含めた全員が分かっている。

「いや無理でしょ、仮にそうだったとしても何でピンポイントで片桐のいる場所に移動したのか分かんないよ。」

俺はここまであまり話に上がっていなかった渡の目的について着目した。偶然とは思えない、正に奇行とも思える行為についても謎が残る。

「あーそれも変だよな。仮に車で移動したならそれはそれで全然良いんだけど、まるで片桐があの女に襲われたのを知ってたみたいな動きだよな。」

 工藤が俺の話に付け足すように言う。それを聞いた一同は電話越しに唸るような声を上げている。

「なんか、気持ち悪くなってきたよ。本当に人間じゃねえんじゃねえの?渡ってさ。」

 上野が言うとまた全員が一様にため息混じりの声を上げる。その中でも特に強い口調で工藤が言った。

「やめろよ、ただでさえ大女も人間かどうか分からねえのに。」

 俺は工藤の声が震えていることに気付いた。連日連夜、こんな話し合いが続いて心穏やかに暮らせるわけもない、それは俺や他の皆も同じだった。
 そして今日はとうとうメンバー内から被害者が出た上に、渡の人知を超えた瞬間移動とも呼べる文字通り離れ技を目撃した俺たちの心の余裕は無いに等しい。

「とりあえず明日からどうするの?もう集まれないでしょ、片桐も明日学校来れるの?」

俺は恐る恐る今後のことについて全員に尋ねた。そして片桐にも。

「いや、俺は大丈夫だから普通に学校行くよ。でも今までみたいに放課後集まるのは無理だろうな。」

 と片桐が言うのを聞き工藤がすぐにそれに返答をする。

「俺も絶対反対だよ、家の外に出るのも嫌だ。しばらくはこうやって電話で話すのがいいと思う。あとは学校の休み時間に。」

「それだとかなり時間限られちゃうよなぁ、畜生。これからどうすりゃいいんだ 。」

上野は焦燥感たっぷりの声でそう言った。実際、どこかで時間をとって話すにしても、何をこれ以上話し合えばいいのか皆目見当がつかない。

「結局のところ大女のことも、渡のことも、俺たちがどうこうできる問題じゃないんだな。」

片桐のその言葉は今の状況そのもの全てを表していた。俺たちにできることは、これ以上自分たちの身に火の粉が降りかからないようにする事だけだろう。今日片桐が軽症で済んだのも、痛手ではあったがある意味良い薬になったのかもしれない。自分たちのような一端の中学生が首を突っ込むべき問題ではなかったのだと。

 それから俺たちは話を切り上げ電話を切る事になったが、具体的なこれからの話は出ないままであった。とにかく今は自分が襲われないように、そして渡への過度な干渉も控えようと言うなぁなぁな結論に至り、俺たちのリモート会議は終了した。

 電話の後、このままではいけないと心ではっきり理解しながらも何も出来ない状況に陥っていることにひどく嫌気がさす。
 とりあえず、今日はいろいろ起こりすぎだ。残酷なまでに長い1日だった。そんな中で自分がやるべきことは何か、自分なりに今の状況を整理する事だろう。

 勉強机に向かい、適当なルーズリーフを広げる。他の皆んなと話し合うのもいいが、どうしても脱線が多い。自分で考えるそれとは違った視点が見えてくることもあるが、頭の中の整理が追いついていかない場面が多々あった。

 勉強をする時よりも、精神は研ぎ澄まされ俺はペンを握り真っ白な余白に有りったけの文字を書き殴ることにした。


 

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