第18話 少女ーアナザーサイドー

文字数 3,269文字


 
 9月1日、気が滅入るような秋雨の中迎えた新学期1日目。その反面気温が低い。
 7時55分、二学期初めての登校は夏休みで鈍った時間感覚のせいで思ったより早く教室についてしまった。久しぶりの友人たちに会う前に、気恥ずかしい気持ちを押さえいったん深呼吸する。
よしっ、と気合をいれ教室の中に入ろうとした瞬間に私の目の前に二人の少年が横入りする形で教室に入ってゆく。

「ああーめんどくせぇ。やってらんねぇ。なんでこんな雨の中来なきゃなんねんだよ。」
同じクラスだがほとんど話したことのない男子、佐野修平が何のアピールかはわからない大声をあげながら教室に入っていく。野球部の変わり者でガリガリ、また歯並びが異常に悪いというイメージが強い骸骨のような男。

「喚くなよ、みんな見てるだろ。」
続いて成績優秀でガリ勉の割につるんでいる周りの頭のレベルが残念と女子たちから噂されている工藤淳が気恥ずかしそうに教室へ入って行った。

 細身で坊ちゃん刈りの工藤君は見るからに真面目な優等生タイプの人間であり、女子生徒と話す時は緊張しているのか声が上ずっていたので、彼もまたあまり話したことがない。
 水泳部に所属しているが部活が休みになると誰よりも喜んでいる姿を見たことがあり、インドアな人間だということも知っていた。
 
 それはそうと彼らはレディファーストって言葉を知らないのかな?野蛮人なのは分かってたけど、まるで配慮のない連中…。

 でも彼らもきっと久しぶりの学校で、舞い上がってしまっているのかもしれない、許してあげよう。小さなことでイライラするのは無駄だから。残り半年、卒業まで下らない諍いはいらない。

 私もそれに続く形で中へ入り、久方ぶりの教室の空気感を楽しむ。まだ人数は少ないが、見慣れたクラスメイトたちが教室のあちこちで友達との再会を楽しんでいる。
 私も自分の席に着くなり、仲の良い友達がさっそく声をかけてきた。

「環、おはよう!お久しぶり!」

「柚子、おはよう!結構髪切ったんだね。」
小学生からの仲である、鈴木柚子が私の席の前にやってきて懐かしい笑顔を見せる。夏休み前より短くなった柚子の後ろ髪を撫でると、柚子は少しはにかんでみせた。

「そうなの、暑くてイメチェンしたの。」

「とか言って恋してるとかじゃないの?」

「違うよ、私の夏休み男っ気なさ過ぎて笑えるから。」
柚子の髪に指をクルクルと絡みつかせると、シャンプーの良い香りが肺いっぱいに広がる。女の子同士だけの特権だろう。
 
 二人で戯れあってるとそこへ矢島美晴と手塚日菜の仲良し二人組が元気よく登場する。同じソフトテニス部の二人の顔は健康的に日焼けをしていたが、それはこの夏3年間のすべてを出し切り燃え尽きたことを物語っていた。

「おはよー、二人とも元気ー?」

「久しぶりー、柚ちゃんたまちゃん。」
美晴と日菜が小走りでこちらに近づいてくるのを見て、柚子が体の前で小刻みに手を振り嬉しそうな声を上げる。

「あー!美晴、日菜、久しぶり!元気だった?」

「見ての通りだよー。ねぇそれよりたまちゃん痩せた?誰かに振られた?」

「逆に夏休み太ったんだけど、嬉しいからもっと言っていいよ。ちなみに全然恋してないから。」

 気を抜くとすぐ恋バナに転換される私たち。
そんな中何となく横を向くと、さっきの無礼な男子たちに一人加わり、また大きな声で騒ぎ立てている。
 上野君か、彼は工藤佐野と比べるとまだコミュニケーションの取れる男子だが、改めて見るとあそこはなぜ仲がいいのか謎な集まりだ。
 上野君は背は低いが目立ちがはっきりしていて顔も悪くない上に、誰とでも壁を隔てず話ができるので女子から結構人気がある。サッカー部の方でもムードメーカーらしい。
 工藤君もガリガリで女子とのコミュニケーションに難があるという繊細な点を除けばそれなりに男前の部類だ。
 でも佐野修平だけは背が低い上に野球部の割に針金のように体が細く頼りない男だし、目つきと歯並び(今は矯正をしているようだが)が信じられない程悪い。
 そしてなにより何を考えているのかわからない節があるので人気の方はお察しだ。
 男子の方から目線をはずし、時計を見ると時刻は8時を回っていた。女子トークにも花が咲き、少しずつ増えてきたクラスメイトたちをみて、今日から新学期だという事実をだんだんと実感する。
 
 机の周りで柚子達と話し込みながら、また何の気無しに教室の入り口を見ると、知らない女子生徒が颯爽と教室に入ってきた。第一印象は浮世離れした美少女、女の私がそういうのだ。
 美しいショートヘアにすらりと長い手足、顔の方も同じ中学生とは思えないほど大人びている。あんな美人がこの学校にいたことに驚く。
 最初はクラスを間違えたのかな、と思っていたが不思議なことに誰もそれを気に留めていない。それどころか、美晴がその女の子に向かって手を振り始める。

「あ。霞ちゃんおはよう!今日もかわいいよ。」
呆気にとられる私を尻目に、日菜と柚子が続く。

「また美人になっちゃって、もしかして彼氏できたの?」

「みんなのアイドルがとうとう…。」
霞ちゃん、なんて子はもちろん知らない。なのにまるで前からクラスにいたみたいな扱い。頭が真っ白になったが、なんとかみんなと合わせて笑顔を作る。

「おはようみんな。そんな事無いよ。」
 その少女は気恥ずかしそうに微笑み、教室の窓際の一番後ろの席に座る。
 
 おかしい、一番後ろは私の記憶ではいつも寝ていて先生に怒られている中村君の席だったはずなのに。
 少女があまりにも自然にクラスに馴染んでおり、最初は夢を見ているのかと思った。
だが私の膝の上に座っている日菜の重みと柔らかな柔軟剤の香りがはっきりと現実であることを物語っている。

「霞ちゃんって冗談抜きで学年一可愛いよね、いや中学で一番かも。」
柚子の発言から察するに、少女は前々からこの中学の生徒のようだ。夢で無ければ転校生でもない、朧げではなくちゃんとみんなの記憶の中には存在する少女。私だけが知らない。仲間外れか?

「でも私はたまちゃんも可愛いと思うよー。」
私の膝の上に座っていた日菜が思い切り私にもたれてくる、知らない女の子と比べられても正しい返事が一切思いつかない。

「い、いやそんな事…。」
とりあえず取り繕うが、とにかくこの空間が気持ち悪い。気がつくと先ほどまで黒板の前で騒いでいた上野君達が消えている。

 この空間で私だけが孤立しているように感じ、とても居心地が悪かった。
 それから教室に担任の岸田先生がやってくるまで、誰の言葉も耳に入らなかった。
 ぼんやりしていると出欠確認が始まる。私は出席番号が2番なのですぐに自分の番が回ってきたため、心ここにあらずと言った返事をしてしまったが先生に特に咎められることもなかった。
 
 私の席は真ん中の列の丁度真ん中あたり、前の席の片桐君がしきりに後方を振り返って誰かを見ているようだった。私はただ呆然としている他なく、クラスメイト達が普通にあの少女に接していることが信じられなかった。
 

 自分だけ知らない友達がいる。誰にも言えない孤独の中、私は教室の一部のように一切動くことなくその場にいた。元々大声を上げて騒ぐようなタイプでは無い私が、これから先どのように振る舞えば良いの?

気がつくと岸田先生が最後の一人である山際君の名前を呼ぶ。これで三組は全員でしょ?そう思ったがまだ終わる気配がない。

「じゃあ最後、渡霞。」

「ハイ。」
 ああ、そう言えばあの子霞ちゃんって呼ばれてたな。改めてフルネームを聞いても本当に覚えがない。クラスメイトや先生の悪戯にしては手が混み過ぎている。考えれば考えるほど頭が痛くなって、視界がぼやけ始める。

始業式が始まるまで、私は逃げるように教室を飛び出し、トイレに篭ることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み