第16話 証言

文字数 4,238文字

時刻は正午を迎えていた。炭焼き小屋のトタン屋根の隙間から、所々雨が滴り落ちている。

 その中で俺たちは各々、家から持ってきた昼飯のおにぎり等の軽食を食べたり、携帯電話をいじるなり、思い思いに過ごす。俺も持参した菓子パンをかじりながらボーッとしていた。

 昨日の一件以降、初の炭焼き小屋での会合となったが小屋に特に変わった点はなかった。扉を開ける瞬間は流石に緊張したが、中は荒らされたりなどしておらず、いつもと変わらぬ様子だったため心底安心した。俺たちの極度の警戒心は解かれていたが、それでも奇妙な緊張感が蔓延している。

 一通り食事を終えると、小屋の奥の壁に立てかけてあったホワイトボードの前に工藤が立ち、一心不乱に今考えるべきことを書き殴る。
 
 このホワイトボードはリサイクルショップで800円で購入した小さなものだったが、その一面にびっしりと文字が並べられ、何気なく買ったそれが今になって真価を発揮していた。

「はい注目、今の状況を一通り書いたから見てくれ。」
工藤がバンバン、と二回ホワイトボードを叩き全員の視線を集める。

 まず第一に渡霞その正体について今までに出た説や工藤が独自に考えついたものが箇条書きで記されている。ボードの右側には大女の目的や正体について書いてあった。

「宇宙人説ってなんだよ、おかしいだろ。」
明らかに的外れな珍説に上野が呆れる。

「いや待て、共同幻想体説ってのもよくわからん。」
俺も目に入った小難しい言葉の羅列について指摘する。

「宇宙人かも知れないだろ、学校中の人間が脳味噌を操られて記憶の改竄をされてるんだよ。共同幻想ってのはアニメで見た奴そのまま書いただけだから深く聞くな。」

「なんで宇宙人は俺たちの記憶だけスルーしたんだよ。あとアニメってなんだ、説ですらないぞ。」

片桐も次々に工藤の説のおかしな点を挙げる。

「現実とアニメ一緒にすんな。」
携帯電話を見つめながら佐野も片手間で工藤の説を批判する。

「うるさいなー、だったらお前らももうちょっと考えろ。佐野なんて偉そうなこと言ってるけどさっきから満足に意見も出さずずっとゲームしてるんだぞ。」
 工藤は不服そうにいくつかの説のを消しているが、俺たちも特に有力な物が思いつかない。

 今出ている最も現実的な説は、消去法ではあるものの集団記憶喪失説であったが、なぜ俺たちの渡に関する記憶だけがないのかは非常に気になるところであった。
 集団記憶喪失という説も他に比べればマシと言うだけで、みんな内心あり得ないと思っているだろう。何か新たな案を出さなければと俺も少し焦る。

「渡霞、大女説とかどうだ?」
 自分でも突拍子もない説だとは思ったが、言わずにはいられなかった。予想通り全員がはぁ?と異口同音に答える。

「どっからどう見ても身長も見た目も違うしないだろ。」
無理やりすぎる説だったが、工藤が自分の仮説を棚に上げ苦笑いしている。

「いや、それ以前にどうやったらあの巨体から中学生に変身できるんだ?そんなことできたらもはや人間じゃねえぞ。」
そう言った上野の言葉に、俺自身確かにと納得する。

「うーん、二つの問題をいっぺんに解決できる良い説だと思ったんだけどなぁ。この説にはまだ続きがあってさ、大女と渡は仲間で俺たちを狙ってクラスに潜入したのかも。」
支離滅裂なことだとわかっていたが、頭の中に浮かんだ仮説を次々と挙げるも全員から「ホラー漫画の見過ぎ。」という門前払いの扱いをうけてしまった。

「あとさ、大女についても一旦消そうぜ。もう二度と大女と会わなければいい話じゃね?関わりたくもないし。正直今は渡のことで頭がいっぱいなんだよな。」

 片桐の言う通りかも知れない、大女はいずれ逮捕されるだろう。次会えば確実に通報する気ではいたが、わざわざ首を突っ込むことはなかった。
そして上野が片桐の発言の揚げ足をとる。

「渡のことで頭がいっぱい、これは浮気だな。」

「俺も思った、何言ってんだお前。稲川に報告かな。」
工藤も先ほどの仕返しとばかりに片桐をからかう。

「いや違うだろ。お前ら本当に嫌な奴らだな。日本語の難しさを理解しろよ。」
片桐も笑いながらそう答えており、この茶番に興じている様子だ。
 一方で先ほどからほとんど会話に参加せず沈黙を決め込んでいた佐野が突然会話に水を刺す。

「思ったんだけどよ、俺たち渡の事何もわかってないよな。クラスに昔からいたって言う証拠がないし。」

「先生もクラスの奴らも散々昔からいたって風に振る舞ってるだろ、これが論より証拠なんじゃないのか?」

 俺はそう返す。佐野が何を言いたいのかよく分からなかったが、流石にまだドッキリなどと言うつもりならどう答えようかと思った。

「そうじゃないんだよね、みんな口では前からいたみたいに振る舞ってるけどさ、目に見える証拠とか無いわけじゃない?」

「ああ、そう言う事か。クラスの名簿とか?」

俺の代わりに工藤が答えると、佐野は少し考え込み、そんな感じだと答える。

「写真とかはどうだ?修学旅行の時に撮った写真とかに写ってないかな。いっぱい撮ってるから1枚くらいならありそうだけど。」
片桐が携帯電話を取り出しメンバーの顔を見る。

「それいいね、携帯の画像フォルダを見てみるか。」
その名案に工藤も頷き、俺も続く。

「見つけた写真はグループに送信して共有していけばいいんじゃ無い?」
そう言うと全員が怒涛の勢いで自分たちの携帯電話を覗き込み、渡の写真の検証が始まる。
すると捜索開始1分足らずで一枚目が見つかる。

「うわ、俺見つけちゃったわ。ガッツリ写ってるやん。ちょっとこれ見てくれ。」
上野が心霊写真を発見したかのような反応を示す。そう言って送られてきた画像を見てみると、修学旅行のバス内で後ろからこっそり撮った全体の写真が出てきた。俺たちの記憶では空席だったはずの前列の方から、控え目に横顔を覗かせる渡がはっきりと写っていた。

「ヤバイなこれ、心霊写真よりゾッとしたかも。別に幽霊じゃないけど。」

「いや、幽霊かも知れないだろ。」
片桐の発言に対し工藤が非現実的なことを言うが、今の段階では得体の知れない渡が幽霊と言われても、それすら信じられる。

「また見つけた。これはホテルで撮った写真だな。」

「俺も見つけた。修学旅行の写真じゃなくて、二年の時の体育大会の時の写真だけど。こいつ二年の時同じクラスだったのか?」

俺や佐野も次々に渡の写った写真を見つけ、snsグループにそれが送信される。二年生の時の写真まであるとは、正直予想外だった。ずっと前から学校にいたのに、その存在に気づかないなんてことがあるのだろうか。

「ここまで証拠写真が出てきたらほんとに前から居たんじゃないかって思えてきた。やっぱり俺らだけ記憶の一部が消失しちゃってるのか?」

俺の中にそのような考えが浮かび上がるのも無理はなかった。それは他のメンバーも同じらしい。

「もしかしてそれが一番平和なことなのかも知れないな。五人全員記憶喪失ってことにしておけば。」

片桐がそう言って徐にホワイトボードの前に立ち、ペンで記憶喪失説と大きく書いて俺たちに見せる。

「論より証拠って言ったけど、こんなに証拠が出てこられたらねぇ。」
工藤も声から投げやりな気持ちが伝わり、なんとなくこれが答えだと言うような雰囲気が場に充満した。
 ただ謎は残る。少女の二度にわたる不敵な笑みの意味は未だわからないし、何が原因で俺たちだけ記憶が抜け落ちたのかも理由がはっきりしなかった。

しばし閑散ムードとなり、それぞれが黙りこくって携帯電話を操作するだけの時間が続いた。写真という渡が前から俺たちのクラスにいた何よりも強力な証拠が、茫漠に俺たちの前に立ち塞がっていた。

「ちょっと待て、いきなりクラスの女からメッセージが来たんだけど。」

考えることをやめスマートフォンのアプリでゲームをしていた佐野が突然驚きの声を上げる。

「誰から?」
特に興味もなかったが、俺も自分の携帯電話を弄りながら聞き返す。基本的に佐野は三組の女子をクラスの女と呼んでいたため、候補は無限に存在した。

「こいつの漢字読めないんだよな、なんだっけ。機械の機みたいな漢字の奴だよ。いきなり友達追加されてたんだけど。」
級友の名前もろくに読めないし覚えていないことに呆れつつも片桐が答える。

「多分だけど幾田でしょ?なんてきたんだよ?」
そう言うと佐野もそいつだ、と呟く。


「いきなりごめんね。佐野くん、今日窓際の席の子に向かってお前誰だよって言ってたよね?」
佐野はめんどくさそうに送られたメッセージを読み上げる。意外な人物からの意外な言葉に、俺たちは一斉に静まりかえり、佐野の言葉に聞き入る。

「佐野、なんて返すよ?」 

「言ったね。て返信しとくか。」
上野が聞くと佐野が適当そうに答える。

「てか窓際の席の子って表現、何か引っかからないか?」
工藤が不審な顔をするが俺も同じ気持ちだった。
「思った、普通そんな表現するか?」

 佐野は特に何も感じていなかったのか平然と携帯電話を見つめているが、周りの俺たちは互いに顔を見合わせる。
 すると出し抜けに佐野が大声を上げ、興奮を隠せない様子で液晶画面に食い入るようにかじりつく。

「えっ!これまじか?嘘だろ。」

「どうした?そのまま読み上げて!」

 片桐が叫ぶと佐野は一言一句、ハッキリとした口調で送られた文字を読み上げる。

「私もあんな子知らない。」

佐野がいい終えるなり俺たちに携帯画面を見せつける。そこには確かに佐野の読みあげた通りの言葉が書いてあった。写真を超える生身の証言者が、クラスの異変を察知したもう一人の証言者が俺たちの他にも確かに存在した確証がそこにあった。
驚きを隠せなかったが、それよりもある種の嬉しさが俺の中に芽生える。

「ほんとにそう書いてあるぞ。」

「やっぱり他にも知らない奴がいたんだ。」

「間違いない、俺たちだけじゃなかったのか。」

画面を覗き込んだ全員が嬉々として騒ぎ立てる。


「よし、幾田をここに呼ぼう。」

俺の言葉に、誰も首を振って反対をする者はいなかった。




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