第31話 内省
文字数 2,306文字
「予知夢ってことか?」
俺が全員に昨夜見た夢と同じ言葉を渡から受けたことを部分的に話すと、片桐が神妙な顔でそう聞き返してきた。
「いや、分からねえ。でも絶対に夢でも同じことを言われた気がするんだ。」
「気のせいとかじゃないの?」
工藤から思い過ごしではないかという返答がある。だが気のせいの一言で払拭できない。普通夢は時間が経てば記憶から薄れゆくものだが、奇妙な事に夢で見た渡の様子がありありと思い起こされる。
しかしその言葉をはっきりと言われた事以外どんな夢だったかは深く思い出せない。
「分からない。予知夢?正夢?さっきの渡の口調が夢と全く同じだったんだよ。何が起きてるんだ?」
「落ち着けよ、夢で他に何か渡と会話したか?」
取り乱す俺を片桐が落ち着けようとする。深く考えてみるが、夢の内容は他に思い出せなかった。
「うーん、あんまり思い出せないな。でも夢の中で何かの流れでリーダーだもんねって言われた気がするんだよな。これはほぼ間違いない。」
「まぁそういう偶然もあるんじゃねえの。」
そう言った佐野の言葉に少し我に帰ることができた。この夢と現実の奇妙な一致はただの偶然ならそれはそれでよかった。
「ちょっと違うけどデジャブってやつもあるみたいだしな。考えすぎなのかも知れねえぞ。」
続けて片桐もそう言って俺を諫めた。
「だといいけど、気がかりだなぁ。スピリチュアルとか深層心理の分野の話なのかわかんないけどさ。」
俺ももうこれ以上深く考えることを放棄した、そういう事もあると割り切ることで乱雑な頭の中を整理する。
「そうだよ。それよりさっきの反省会だな、全然大したこと聞けなかったけどどうするんだ。」
ヤキモキした気持ちを抑えられないように工藤がそう吐き捨てる。呼び出せたはいいがそこから渡の目的や存在に繋がる要素は乏しかった。
「ちょっと何も聞くなオーラが凄すぎたな。」
「実際その雰囲気出てたよね。もうちょっと聞ければよかったなぁ。渡もよくなんの警戒もせず現れたとは思うけど。」
上野、片桐も思ったより収穫がなかったことと渡のオーラに気圧されてしまったことを内省する。
「何であんな堂々と来たんだろうな。そしてこれは失敗か?」
俺が失敗という言葉を出すと、片桐がすかさず言葉を挟む。
「いや、完全に失敗ではなかったと思うぞ。それと俺一個めちゃくちゃ気になる点があるんだけど。」
正直気になる点は一つや二つではなかったが、片桐の様子を見るによほど心残りな点が一つあったようだ。
「なんだ?俺は気になる点ばっかだったぞ。」
工藤が急かすように答える。
「いや、工藤が渡に家あっちの方なのって聞いたろ?そしたらあいつ、違うって言ってたけどじゃあなんであの道通ってるんだ?」
「確かに変だな、結局自分の家がどこにあるのかも言わなかったし。」
怪訝な顔をして上野が頷く。普通なら否定の後、その訂正を入れてもおかしくない。だいたいこの辺りにあるよ、くらいは言って欲しかった。
「俺たちと同じ方向から来てたらあの横断歩道通るんじゃない?分からないけど。それにしてもちょっと妙だよね。」
俺はあくまで工藤が差した方向に住んでいなかっただけではないかと指摘する。
しかしルートとしては例の横断歩道を通る生徒の多くは俺たちと同じ住宅街方面か、駅前の再開発地域の二つしかない。
さらに俺たちと同じエリアに住んでいるのであれば、渡もそれを教えてくれてもいいはずであった。
「俺も気になることがあるんだけどよ、いいか?」
佐野が珍しく真剣な表情を浮かべている。
「どうした、他にも不自然なところがあったか?」
片桐が佐野のいつになく真面目な様子を察知して聞き返す。
「あの女、あんな可愛いのに彼氏いないって嘘くさくね?てか実際嘘だろ。ちゃんと白状させたほうがいい薬になるぞ、あの女にとっても。」
「お前なぁ。聞いて損したわ。そんなこと死ぬほどどうでもいいわ。」
上野がため息をつきながらそう言ったがこれには誰もが同意する。佐野の謎の上から目線は全く的を得ていない上に、なぜか誰か付き合っていると信じてやまないようだった。
「まだそんなこと言ってるのかよ。そんなに気にすることでもないし、彼氏いようが全く関係ねえよ。」
俺も佐野の呆れた疑問点に開いた口が塞がらない。
ただ改めて至近距離で直視した渡の美しさは確かに一線を画していた。
「念のため聞いたんだよ、いてもおかしくないだろ?それにあいつ全部が嘘くさいんだもん。」
佐野が言う嘘くさいと言う点は確かにその通りだったが、聞くべき優先度としてはあからさまに低い質問だった。
そうこう話をしているうちに昼休みの終わりがチャイムによって告げられる。
「あー。また放課後集まって話そう。」
「そうだね、なんか不毛な時間だったな。」
片桐がそういうと、上野も続く。
不毛だが少しは先に進めることができたとは思うが、やはり謎が深まっただけといえばそれまでだった。
ぞろぞろと階段を降り、教室に向かう。
三組の前まで来ると、開いた扉の向こうに渡が自分の席で次の授業の用意をしているのが見えた。
その涼しい表情に、掴みどころの無さを感じる。
「やっぱり何度見てもあんな女はいなかったぜ。」
教室に入る直前、佐野がポツリと呟く。
「それだけはやっぱり間違い無いな。渡は絶対に何かを隠してる。」
俺が言うと皆息を飲み、一人また一人と教室の中に静かに入っていった。