第28話 真実
文字数 5,331文字
「皆さんおはようございます、1時間目を割いてお集まりいただきありがとうございます。」
校長が全体を見回しながら開会の挨拶をするが、昨日よりも更に声に力がない。
やはり良くないことが起きていることは間違い無いが、誰かが死んだのではないかと言う邪推が頭をよぎる。
「えー、今日緊急の全校集会を開いた理由について、もうご存知の方もいるとは思いますが昨日、再び不審者の目撃情報がありました。」
予期した展開ではあるが、校長の不穏な言葉に息を飲む。ただ目撃情報だけならこんな集会を開くこともないのではないかと言う思いもあった。
「昨日、午後17時頃に我が校の一年生の男子生徒が自宅付近で不審な人物に遭遇しました。その不審な人物が男子生徒を追いかけて危害を加えようとしているところを、たまたま近くにいた近隣住民の方が通報してくださり、大事には至りませんでした。」
校長のその言葉に、全身の力が抜ける。良かった、だが襲われた生徒が殺されていると言うような話であればもっと大騒ぎになっていることは少し考えればわかることだった。
「ですが、男子生徒は不審者を目撃したショックで寝込んでおり、大変遺憾の意を感じております。不審者は未だ逃走中であることも事実です。」
校長の口調が強まる。話をまとめると昨日の夕方この学校の生徒が大女と思しき人物に追いかけ回され、近くの人が通報した為ことな気を得たが一歩間違えれば殺されていてもおかしくは無かったと言うことだ。
だが結果的に物理的なダメージを受けたと言うことではないことに、俺は再度安堵を覚える。
前に立っていた工藤には依然落ち着きがない。
「なお、当面の間は部活動等の活動も休止し授業が終われば速やかに下校することを強くお願いします。」
部活動の休止という言葉を聞き生徒達の一喜一憂の声が漏れる。部活を引退している俺たちには関係のない話だったが、事態が収拾するまで炭焼き小屋での活動も自粛するべきなのか判断に困った。
「それではこの後は生活指導の戸口先生よりお話があります。皆さんご清聴ありがとうございました。」
校長はそう言って足早に壇上を降りて行く。それと入れ替わるように、ドルジが重そうな体を左右に揺らしながら登場する。
「ええー皆さん、おはようございます。今校長先生からお話があったように、我が校の生徒に大変ショックな出来事が起きてしまいました。」
ドルジは出っ張った腹から大きな声を出す。真実は全て校長の口から語られたので、同じ話をされるのはごめんだった。
要点としては、できるだけ集団下校をするように努める、日没後の外出は原則禁止、塾や習い事に行く場合は親同伴を義務付ける、何かあれば大人に相談するかもしくは通報する、この4点であった。
校区内の見回りについても強化するということだったので、それに関しては安心だったがあの大女が逮捕されるビジョンが見えないというのが正直なところだった。
ドルジの長い話がようやく終わりを迎え、全校生徒が教室に戻される。今回は整列して帰るわけではなく、学年ごとに流れ解散となった。
帰りながら俺は前を歩いていた工藤に声をかける。
「よかったな、怪我人とか出てないみたいじゃん。」
他のメンバーはさっさと教室に戻ってしまったみたいだったが、工藤は意気消沈してトボトボと歩いていたので俺がそう言って肩を叩く。
「そうなんだけどさ。はぁ〜やっぱり近所に大女が出たのは事実だったのか。気が重いなぁ。」
思ったより事が深刻では無かったと少し楽観的になっている俺とは対照的に、まだ工藤は気持ちが沈んでいた。
「それはたまたまだろ。パトロールも強化されるって話だし、あんまり思い詰めるなよ。」
「うーん、そうだなぁ。はぁ、あの時通報してればなぁ。」
工藤は何を言っても右から左に抜けるような状態だったので俺ももう何も言わなかった。
昨日までは通報をしなかったことにより被害が広まったという考えもあったが、とにかく自分の身を守る事が優先だったので仕方ないと割り切ることにした。
教室につき中に入ると、片桐の席の周りに上野と佐野が集まっており、片桐がこちらを見かけるなり手招きをする。
「よーお前ら、遅いぞ。ちょっと屋上行こうぜ。」
そう言って片桐が席を立つので、俺と工藤もそのまま教室を出る。これからミーティングといったところか、全員が廊下に出そろう。
「襲われた生徒って誰なんだろうな、俺ら知ってる奴なのかな。」
上野が首を傾げながらそういう。プライバシーの保護のためか、表立って生徒の名前は分からなかった。
「さぁな、でも流石に名前までは言わなかったな。あと一年生らしいし俺ら多分知らないだろな。」
俺はそう答えるが、襲われた生徒はなんとも難儀なことであると心の中で同情する。確かに大女は見ただけで寝込みそうなインパクトを持っている、こちらも直接姿を見ていない工藤が病みかけており他人事ではない。
「おい、お前ら。四組の前通る時は早足でな。」
片桐が言うが、その理由は言うまでもなく稲川に捕まらない為だった。一同の足が早くなる。
四組の教室の中をチラリと一瞥するが、件の稲川は他の女子生徒と談笑しておりこちらに気づかなかった。そのまま教室の横の階段を駆け上がる。
「よし、ここまで来ればもう大丈夫。」
階段を上がり切り、屋上に続く扉がある空間で俺たちは息を整えながら輪になってお互いを見つめる。
「とりあえずお疲れ様です。」
「おいおい、打ち上げじゃねーんだぞ。」
片桐の気の抜けた挨拶に俺が笑って指摘すると、周りも笑っている。ただ工藤はまだ緊張が解けていないようだった。
「はぁ、やっぱり噂はほんとだったんだなって…。」
浮かない顔でため息をつく工藤を上野が元気付ける。
「まぁそれはさ、誰かが被害にあったとかじゃなかったから良かったじゃん。早い話が勝手に寝込んだ奴が居ただけなんだからさ。」
「そうだぞ、それにこいつを見ろ。佐野なんてもっと目の前で起こったことなのにこんな元気なんだぞ。」
俺もすかさずフォローをするが、佐野は佐野で全く気にも止めていない様子で相変わらず平然としている。
「大人や警察に任しときゃ大丈夫だろ。」
それを聞いた佐野が能天気すぎる返事をしたのでまた工藤以外のみんなが笑った。
「本当にそうかなぁ、俺怖くてもうどこも行けなくなりそう。考えすぎなのかな。」
元々神経質な工藤はノイローゼになりそうな様子でボソボソと小声で呟く。
「おう、そうだ。とにかく一旦その話は置いとこうぜ。それよりこれだ。」
片桐がそう言って徐にカッターシャツの胸ポケットから小さな紙を取り出す。丁寧に四つ折りにされた、綺麗な便箋だった。
「ああ、これか。男にしては綺麗な字だな。」
上野が紙を開き、そこに書かれていた文字を見てそう言った。昨日のやり取りで考えた文章がそのまま書かれてあり、それ以外特筆すべき点はなかった。
「これ持ってるのすげぇ緊張するから早く出したいんだよな、今ならまだ修正できるけどこれでいいと思う?」
「俺はいいと思うよ。」
片桐の質問を聞いた佐野が何も考えていないような口調で答える。
「まぁ他に書くこともないしな。それより呼び出した後が重要だろ。」
先ほどに比べだいぶ落ち着きを取り戻した工藤が冷静に答える。手紙の内容に関しての不安点はなかったが、やはり気になるのはその後の事だった。
「それはそうだ。昨日みたいに後手後手にならないようにちゃんと考えとかないとダメだ。」
俺の言葉に、一同は頷くが実際まだ渡に何を聞こうか具体的に決めあぐねていた。
「俺はもう何を聞くか決めてるぞ。なんで俺と永瀬の顔見て笑ったんですかってな。」
「顔が面白かったからだろ。」
「ばか、永瀬はまだしも俺の顔はおかしくないだろ。」
「ふざけんな、彼女にチクるぞ。」
片桐がマジメそうに言ったのに対し、上野がせせら笑い俺も巻き込まれ、全員が笑う。ひと段落して、また片桐が切り出した。
「とにかくさ、ふざけてる場合じゃないのよ。何を聞くかそれぞれ教えてくれ。」
「俺はシンプルに誰と仲いいのって聞くつもりだ。」
とりあえず、いい案が思い浮かばなかった俺はかなり当たり障りのないことを聞くつもりだった。
「なんか不自然な質問だな、まぁいいけど。」
工藤が首を傾げるながらそう言うので俺も不機嫌に返事をする。
「仕方ないじゃん、何聞けばいいかわかんないのに。」
「まぁいいや、他のやつは?」
片桐がそう言うと次は工藤がハイ、と手を上げて答える。
「どこに住んでますか?って聞くわ。」
「お前、俺のこと言えないぐらい不自然な質問だな。」
俺と大差ない工藤の質問内容に辟易とした気持ちになる。
「俺もさ、渡の家は確かにどこにあるか気になってて、後をつけてもいいかなって思ってたんだけど、この人数で行ってもハイリスク過ぎるかなって思ってたんだよね。だから聞いてもいいかもな。」
意外にも片桐が肯定的であり、工藤も得意げな顔になる。
「後をつけるのは確かにやばいな。バレた時5人全員ストーカー扱いされちゃうよ。」
上野が頷きながらそう言っているのに対し、片桐が尋ねる。
「じゃあ次、上野はどうなんだ?何かあるか?」
「うーん、色々考えたけど何が目的ですかって聞こうかな。」
その上野の単刀直入すぎる質問に皆が笑う。笑われた上野は何がおかしいと言っているが、不自然すぎる質問にこちらも指摘せざるを得なかった。
「なんだよその質問、直球すぎるだろ。」
俺が笑いながらそう言うと上野は少し考え込んでから言葉を捻出する。
「しょうがないだろ、一々回りくどいこと聞いてても何も分かんねえよ。佐野みたいにみんながいる教室で聞くのとは訳が違うぞ。」
「いじめだと受け取って大騒ぎされなければ有効な質問かも知れないけどな。昨日はあわや大惨事だったし。」
上野の必死の弁解に工藤がフォローするかのようにそう呟く。
「上野が言ってることもまぁ間違ってはないな。もうめんどくさくなってきたし、最悪その質問だけでいいんじゃない?その質問で渡が昨日みたいになったらまた別の方法考えればいいし。」
話の収集がつかなくなってきたので片桐が匙を投げるかのように言い放つと、佐野が急に大声を上げる。
「おい待て、俺の質問は聞かねえのか。」
「ああ佐野の質問か。一応聞かせてくれよ。」
工藤がそう言うと佐野が憤りを感じる声で話し始めた。
「一応って何だよ。分かってねえな、俺が考えたのはだな、彼氏いますかって質問だ。」
佐野は真面目にそう答えたが、その真面目さのかけらもない質問に俺たちは当然呆れ返り、大笑いをしてしまった。ゲラゲラ笑う俺達を横目に佐野は立腹し何がおかしいと繰り返す。
「ふざけてるでしょ。」
「そんなこと聞いてどうするんだよ。」
「真面目にやれ。」
「佐野は何も喋らなくても大丈夫だ。」
それぞれが佐野に対して好き勝手に言葉を投げかけるが、本人は大変不服そうにしている。
「いや重要だろ。付き合ってる奴が居るかどうかは。」
「全然重要じゃねーよ。それもう趣旨かわっちゃってるだろ。」
佐野がどこまで本気かわからないが、上野が宥めるようにそう言った。
「最低限だけ聞くことにしようぜ。全部聞いてたらグダグダになるのが目に見えてるぞ。」
らちがあかないので俺が割って入る、約一名腑に落ちなそうな顔をしているが、他のメンバーは皆うなずく。
「そうだなぁ、なんで笑ったのかと、目的を聞くだけでも精一杯だと思う。」
片桐はこの二つを挙げるが結局、これ以外に核心をついた質問も見つからなかった。
「いや俺は絶対彼氏いるか聞いたほうがいいと思うね。」
なぜか佐野がなかなかその質問を譲らなかった、自分の頭で考えやっと出た案なのか、とにかく頑なだった。だが全員が適当に流していたので、実際にその質問を取り入れることは無さそうだった。
しばらくどういう段取りで机に手紙を仕込むか話し込んでいる間に、そろそろ2時間目が始まる時刻であることに気がつく。
「よし、ぼちぼち教室戻るか。4時間目が勝負だな。」
一頻り話もまとまったところで、俺が皆に呼びかける。
「まぁ正確には昼休みだな。絶対に奴の尻尾を掴むぞ。」
片桐の声にも力が篭る。全員の結束は固まりつつあった。それから俺たちはゆっくりと階段を降り、教室へ向かう。
不安だらけではあったが今はもうとにかくやるしか無かった。だがまだ手紙を忍ばせていない、今ならまだ引き返せる。
それでも誰も途中でやめようなどと言うものはなかった。真実に一歩でも近づく為に、多少何が起ころうとも厭わない。全員同じ気持ちのようだった。