第39話 神隠し

文字数 5,474文字

 ホームルームが終わるなり、予想した通り渡はそそくさと教室を後にした。それと同時に俺たちも行動を開始する。まず全員が俺の机の周りに集まり、少し間を置いて教室を出た。

「ナオくん、帰ろう!」
 教室を出ると、これも予想通りだが廊下で待っていた稲川が片桐の腕に絡み付く。片桐は特に動揺した様子もなく、平然としている。

「おぉ、そうだな。帰ろうか。」

「へぇー今日は素直だね。」
片桐はもうある程度覚悟しておいたのかすんなりそれを受け入れると、少し驚き、かつ嬉しそうな様子で稲川がにこやかに笑う。


「う、うん。じゃあお前らまたな。」
片桐がそう言う。昨日はどちらと一緒に帰るのかと言うことで稲川と一悶着起きていたので、今日はあっさりと俺たちに手を振る。

「あ、うん。じゃあまたな。」
俺は生返事出そう返答したが、後々片桐とも炭焼き小屋で落ち合う算段となっていた。

「おい、急ごうぜ。見失っちまう前によ。」
上野が早足でこの場を後にする素振りを見せる。

「そうだよ、まぁでもあんまり距離つめすぎないようにな。」
そう言いながらも工藤が前方を気にしながら催促する仕草を見せたので、俺も片桐に目配せを送り足早に下駄箱まで急いだ。

昇降口に着くと、ほとんど一斉下校のような形になっている為か下駄箱付近は人でごった返していた。

「おい、あそこにいるぞあの女。」

「馬鹿馬鹿、声がでけえよ。慌てんな慌てんな。」
佐野が大きめの声で校舎外に出ようとしていた渡の姿を確認し、その報告をしてきたので俺が慌ててそれを制する。これから尾行が始まると言うのにこれでは先が思いやられる。

「まぁ、見失わない程度に距離詰めてくぞ。」

「オッケー、じゃあ各自急いで靴履き替えろ。」

上野と工藤が互いに現在の状況を確認するかのように声を掛け合い、全体の指示を仰ぐ。もう既に心は探偵気分なのか、浮き足立って即作戦失敗に繋がるようなことだけは避けたかった。

学校の外に出ると、他の生徒たちも渡と俺たちの間に無数に存在したため、完全にターゲットの渡を常に目視することは無理に近い。だがこの人の多さがかえって良い雲隠れ代わりになり、渡と程よい距離が保てた。

「これ、俺らの帰り道と同じルートだな。」
 およそ前方30メートルほどを歩く渡を見て工藤がそう呟くと、確かにと他の皆も頷く。

「なんかドキドキするな、真実に近づいてる気がしてさ。」
上野が怯むことなく勇足に近い足取りでどんどんと前に出ようとするので、なんとかもう少しペースを抑えようと俺は提案する。


「まぁまぁ、焦らずもうちょっとゆっくりでもいいんじゃない?今はまだ後ろ姿が見える距離だしさ。」

「くそっ、間怠っこしいな。お前らそんなんで大丈夫か?気抜くと見失っちまうぞ。」
少し前を歩いていた上野が興奮気味に俺たちの方に振り向いて急かしてくる。俺も工藤も真実に迫る、その気持ちは同じだったがどうしてもバレてしまった時のリスクが怖く思い切った動きはできない。

「まぁ待てよ、尾行してるのがバレたら一環の終わりだぞ?こいつなんてバット持ってるんだぞ。」
工藤が俺を槍玉にあげるかのようにそう口走る。
ここにきてバットが仇となった。これがあるだけで不審度が格段に上がってしまう。

「いや、バレるもクソもないだろ。」
先ほどまで鈍い反応ばかり見せていた佐野が突然工藤を嘲笑うかのように低い声で答える。

「なんでだよ?」
俺も他のメンバーもやはり同じ反応で佐野に尋ねる。

「だってこれ、俺らのいつもの帰り道じゃん。今はただその道歩いてるだけだろ。」

 佐野の言葉に全員がハッとさせられ目を見開く。
確かにその通りだ、俺たちは今例の横断歩道を通り過ぎ、渡の跡を追っている形になっているが一見ただの下校ルートをいつも通り歩いているだけにしかならない。つまり、こちらが怪しまれるような行為は今のところ一つもないと言える。

「佐野にしては頭いいな。」

「確かに俺たち別に何も悪いことしてねえな。」

 佐野の思わぬ着眼点を聞いて全員が我に返る。
しかし、今はまだ下校ルートだがそこから外れれば話は別だった。どんどんと進んでいくうちにやがて俺と片桐の自宅がある道を通り過ぎ、上野の家の方向へ曲がる道へと差し掛かっていた。

「ずっとこのまま一本道を行くつもりなのかな?」

「いや、どうだろう…。確か幾田の家のほうに住んでるんだったよな。ならしばらく真っ直ぐだと思うが。」
上野と工藤がなかなか道を曲がらずずっと直線上を歩く渡を怪訝に思い始めたのか、そう互いに確認しあっている。一方で依然として30メートルほどの距離をとっているが、渡はこちらに振り返るそぶりなどは一切見せず、尾行と言うよりもただ同じ道を歩いているだけになっていた。

「あ、俺んちのマンション…。」
 佐野が小さくそう呟くが、渡はもう既に佐野と工藤のマンションの前を通過しており、この先にメンバーは住んでいないのでここからが追跡の本番だった。

「他の奴も減ってきたなぁ。この先に住んでるやつあんまり居ないし仕方ないけど。」

「そうだね、ちょっと物陰に隠れながら進もうか。」
工藤の言う通り、渡と俺たちの間に居た生徒がかなり減ってきており、このままでは不自然に思われてしまうと感じた俺は身を隠しながらの尾行の続行を申し出た。
 しかし、どうやら上野はそれに対して反対なのか眉を寄せて渋い顔をする。

「いや、こっちを振り向いたりする様子もないしいいだろ。堂々としてようぜ。いちいち隠れてると時間の無駄だし、怪しいし何より見失っちゃうかもだろ。」

 と、上野が潜みながら後を追うことは返って怪しいのでは無いかとそれを心配している。渡がこちらを認識してないと過信しているのかも知れないが、確かにこちらはバットを持って後ろをつけると言う一見不審すぎる行動をしている。それも4人で、俺は少し考えるが上野の意見を飲むことにした。

「まぁ確かになぁ。もうちょっとこのままいくか。」

「どっちの方がいいんだろ。もう分かんねえよ、ほんとにバレないんだろうな?」

 工藤が狼狽える。ほんとにバレない確証なんてものは無かったので絶対に大丈夫だとは答えられなかったが、それでも途中でターゲットを見失ってしまうことが一番恐るべき事態だったのできっと大丈夫だと工藤に答える。

 それからまたしばらく歩き続ける、道はどんどん住宅街から緑の目立つ田舎道に変わっていた。
 工藤と上野が前衛、俺と佐野が後衛のように二列になりここまで歩いてきたが、渡に変わった様子はない。ちなみに俺を後衛に回したのはバットが目立つから、と言う理由であり俺たちなりに少しでも良い方へと工夫した結果だった。

 学校を出てから時間にしておよそ15分、もう間も無くいつも遊んでいる森の真近くまで迫っていた。
渡と俺たちの間にもう他に人はいない。何気なくよそ見をして空模様を眺めていると、急に上野と工藤が騒ぎ立て始める。

「やばい立ち止まった、お前ら隠れろ!」

「わっ、何すんだ急に。」

不意のことではあるが工藤に体をグイグイと押し込まれるように、道の脇にあったアパートの駐車場に強引に連れ込まれた。

「どうした?バレたか?」

 同じように上野に身を引っ張られた佐野が突然のことに驚き、2人に尋ねる。

「いや、バレてないけど立ち止まって一瞬振り向くような素振りを見せたから隠れた!」
小さく早い口調で工藤がそう説明する。危ない、ここまできてバレてしまっては全てが水の泡。

「まじかよ、やべぇな。」
佐野も珍しく少し慌ててそう答える。事の重大さを理解してくれているようだ。

「いや、ほんとよかった。ここに隠れられる場所があったから良いものの何も無かったら見つかってたぞ。」
上野が今回は幸運だった、と言うがそれは全くその通りであった。この通りに隠れられそうな場所といえば、大女を目撃した後に落ち合ったコンビニとここくらいか、とにかく運が良かった。

「ナイスだよ、お前ら。全然気づかなかった。」

「おいおいあんまりボーッとすんなよ。仮にも尾行中なんだからさ。頼むよほんと。」

「ごめんごめん、それより渡は?」
不覚にも工藤に救われたことに俺は感謝しながら、渡の動向を気にする。助かったことに喜びを覚えている余裕はあまりなかった。

「また歩き出した。よし、お前らいくぞ。」
 駐車場のコンクリートの壁を背にして顔だけ覗かせていた上野が俺たちに合図をする。
 それを聞き俺たちもすぐさま元の道へと軌道修正を図る。
 前の方を見渡すと、またも渡が歩き始めており結構な距離が生まれてしまっていたが致し方ない。

 そんな最中、なんとなくではあるが渡は森に向かっているのでは無いかという疑惑が俺の中に生まれた。それは俺たちを待ち伏せしているのかも知れないし、あるいはまた別の目的かもしれないが、このまま進んでもあるのは森くらいだった。
もし、渡が待ち伏せをするなんてことがあればまた工藤にスパイがいるだの騒がれてしまうだろう。
 そして、なぜ森に向かっているのでは無いかと考えたかと言うと、渡の通ってきたルートがいつも俺たちが森へ行く時の道程と全く同じだったからである。幾田の家へ続く小道を通り過ぎてからその疑惑が俺の中で加速し始めた。そしてその思いは他の連中も感じているらしい。

「なぁ、まさかとは思うが渡このまま森に入ってったりしないよな?」
 上野が俺の思っていたことを丸々同じように考えていたようで、振り返りながら俺たちに尋ねる。

「それ俺も思ってたんだよ。もうこの先民家とかもねえもんな?幾田の家の近くに住んでるとはいえ、このまま真っ直ぐ行くと白井に入っちゃうぞ。」
俺も上野にそう答える。どこかで曲がらなければ隣の白井市方面へ続く道をずっと行く事になる。

「おい、ほんとに森の方へ入っていくじゃねえか!」
俺たちが話していると突然工藤が先方を指して小さめの声で叫んだ。疑念が確信に変わり心臓に突き刺さる。渡はゆっくりと森へ続く小道に入り、そのまま進んでいる。

「なんでだ?どういうことだ?あの女何者だ?」

全員が軽いパニック状態に陥る。あの森で遊んでいる児童は俺たち意外に居ないし、目的が全く不明である。当然森の奥に人の住まいなどもない。

「もういい、追うぞ。尾行から奇襲へシフトチェンジだ!」

上野は居てもたってもいられなくなったのか、そう叫んで走り始めた。俺と佐野もそれに続くが工藤だけは踏み切れない様子で俺たちに訴える。

「いいのかよ、尾行じゃなくなっちゃうぞ。」

「もう直接追っかけた方が早いって!」
俺も思考を切り替え、コソコソするより渡に真意を聞くことが重要だと判断したので先走る気持ちを抑えながらも上野に続いて疾走する。

渡は森の中に入ってしまい姿は見えないが、すぐ追いつけるはずだった。工藤は遅れを取っており、先に俺たち三人が森へ突入する。

「あれっ!?居ないぞ、どこ行きやがった?」

森の中に入るなり、辺りを見回すが渡の姿がない。御神木がある広場へ続く道の方にも目をやるが、そこにも姿がない。だがこんな一瞬で見失うはずもない。

「佐野、小屋の中探してくれ。俺こっち探すから!」
俺はすぐさま炭焼き小屋の中に渡が居ないかを佐野に確認してもらう。もう心臓がバクバクとうるさいほど鳴り響いていた。

「いやいねーよ。この中にも。」
佐野が小屋の扉を開けるなりそう答える。ここにも居ないとなると、本当に人1人が忽然と姿を消したも同然だった。

「なんでだ?どこ行ったんだ?こんな一瞬で。」

「御神木の方も居ねえぞ、だめだ、見失っちゃった。」

 奥の小道の方からガックリとうなだれた上野がこちらにそう声をあげる。俺も先程からずっと辺り一帯を探すが、渡の姿はどこにもない。

「お前ら何やってんだ、渡はどこ?」

「消えたんだよ!」

「えっ、どういうこと。そんないきなり消えるわけないだろ、お前らちゃんと探してるのか。」

ようやく俺の元へ工藤がやってきた、一通りこれまでの流れを説明するが、工藤は半信半疑の様相である。工藤は肩で息をしながら、俺たちに何見失ってるんだと強い口調で責め立ててきたがこちらも突然渡が消えたことを精一杯の言葉で説明する。

それから数分間、主に小屋付近の至る所を見回ったが全く渡の姿は見当たらなかった。
とりあえず小屋に入り、話を整理する。

「これって神隠しってやつ?」
佐野が椅子に腰をかけまず第一声そう言い放つ。

「分かんない、でも森に入るのは絶対見たよな?」
俺がそう周りに確認すると、一同それは間違いないと答える。となると佐野の言う通り神隠しみたいに渡が消えてしまったことになる。

 話したいことは沢山ありすぎるが、とりあえず一旦冷静になろうと全員が小屋で休憩を取ることにした。
以前見たあの夢のように、この森でいきなり姿を眩ませた渡、その真意が一切汲み取れない。
渡は俺たちに気がついていたのか、はたまた目には見えない何かの力によって姿を消したのか、煩雑な頭の中で次々と巻き起こる奇妙な事象の連続に、俺は困惑していた。





 

 
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