第46話  吾輩と夏の災難 32と予告

文字数 2,619文字

 吾輩を乗せた軽トラックは山間の小さな村に辿り着いた。一軒の小さな農家の庭先に車を停めると、男性と女性(これは親子だにゃ)は採って来た山菜をトラックの荷台から下ろして、作業小屋の中にある大きな冷蔵庫に箱ごと入れた。
 父親が袋詰めの準備をする間、吾輩は作業小屋をうろうろとしていた。娘は家の中に行き、戻って来た時にはお茶とおにぎりを盆に載せていた。吾輩には椀にミルクを入れて持って来てくれた。
「はい。どうぞ」と言って彼女はその椀を吾輩の前に置いてくれた。
 そのミルクの美味しかった事と言ったら!
 吾輩は夢中で舐めた。がつがつと舐めた。思わず前足で椀を押さえたら、椀がひっくり返ってミルクが零れてしまった。
「しまった!」と思ったが遅かった。
吾輩はそこに零れたミルクを舐めた。娘が「あらまあ」と言って、ミルクを拭き取ってしまった。
 残念過ぎる! 
 吾輩は口の周りを舐め乍らじっと彼らのお握りを見詰めた。すると父親が吾輩に握り飯を分けてくれた。鮭フレークの入った握り飯だった。吾輩はもしゃもしゃとそれを食べた。
 吾輩は腹が満たされると、隅に置かれた座布団を見付け、そこに丸くなって目を閉じた。
「猫用トイレも無いからトイレは外でお願いします」
 娘はそう言った。
「にゃい」
 吾輩は答えた。
 彼女は驚いた。
「お父さん。聞いた? この猫、『はい』って言ったよ。今」
「そんな馬鹿な事は無いよ。お前の聞き間違いだ。猫が『はい』なんて言うものか。さて、袋詰めをしてしまおう」
 父親はそう言うと立ち上がって冷蔵庫から山菜の箱を取り出した。

 
 その夜、彼らはSNSで迷い猫を検索してくれた。
 色々な迷いネコ掲示板を検索し、茶トラを探してくれた。
 あっちゃ、こっちゃ探してくれた。
(皆様。ご存じでしたかにゃ? 迷い猫を拾ったら遺失物扱いになるそうです。落とし物を拾ったのと同じ)

 『X』で検索したら吾輩に似た猫にヒットした。
 それは和樹がアップした「ウチの猫を見掛けませんでしたか?」という投稿で吾輩の写真といなくなった日時、場所、それと連絡先が載っていた。だが、場所があまりにも遠かった。
 ここはI県なのに行方不明になった場所は東京なのだ。それに投稿の猫には青い首輪があった。二人は首を傾げた。だが、写真の猫はどう見ても、今目の前にいるこの猫と同じに見える。二人は代わる代わるPC画面と吾輩を見比べる。
「ほら、お父さん。この茶トラのシマの色具合が同じよね?」
「……茶トラのシマの色具合は皆同じじゃないのか?」
「でも大きさも同じよ。まだ子供なのよ。絶対にこの猫だわ」
 彼等は「顔のどこからシマ模様が始まっているか」とか「尻尾の長さは何センチ」などと話をしながら吾輩をひっくり返して観察する。
「何で東京の猫がライトを付けて電池を背負ってこんな深い山をうろついていたんだ?」
「そんなの知らないわよ。きっと、何か深い訳があるのでしょうね」
「ひょっとすると何かの実験に使われたのかも知れないな」
「猫の帰巣本能調査とか? うーん。有り得るわね」
「もしかしたらこの飼い主はマッドサイエンティストかも知れん」
父親が言った。
 いやいや、違いまっせ。
 この者はただの高校生男子でっせ。
 吾輩はそう言ったが、口から出る言葉は「にゃあ」だけである。吾輩はどきどきしながら事の行く末を見守った。
 二人は相談した結果、和樹に連絡を取ってくれた。
 メールに吾輩の写真を添付してくれた。
 吾輩はほっとした。

 数日後、契約している店に山菜を卸しに行くと言う親子の車に乗って吾輩はS県に向かった。そこに和樹と奥様が来てくれた。吾輩を引き取りに来てくれたのだ。籠に入れられた吾輩を一目見て和樹と奥様は「トラ!!」と声を上げた。
 吾輩は二人に会えた嬉しさで籠の中をくるくると回ってにゃんにゃんと鳴いた。
 和樹は籠の中に手を入れた。
 吾輩は嬉しくて和樹の手をぺろぺろと舐めた。
 和樹は吾輩の首に首輪を付けた。青い首輪だ。
「GPSが付いた首輪だからな。これで安心」と言った。
 和樹が吾輩を抱き上げた。吾輩は大好きな和樹の匂いを胸一杯に吸い込んだ。

 女性は吾輩の頭を撫でながら言った。
「とてもお利口な猫で一緒にいて楽しかったわ。猫って可愛いわね」
「にゃあ」
「あら、この猫、やっぱり人の言葉が分かるのかしら? 絶妙なタイミングで鳴くのよね」
「いや、僕も時々そう思う事がありますよ。でも、まあ猫だから(笑)。偶然ですよ」
 和樹もそう言って笑った。
「本当に有難う御座いました。どうしてそんな山の中でライトなんか背負って歩いていたのかしら……。考えられないわね。トラを連れ去ったその人は何を目的でそんな事をしたのかしら?
でも、良かったわ。親切な方に助けて頂いて。トラ。運が良かったわね」
 奥様は言った。
 吾輩は返した。
「にゃあ。(吾輩に福が舞い降りたのでごにゃいます)」

 最後に奥様は父娘に謝礼と菓子折りの袋を渡して深々と頭を下げた。吾輩は奥様の車に乗せられた。
 父娘は軽トラックに乗って去って行った。
 吾輩は心から二人に感謝し、彼らに幸多かれと祈った。




さて、皆様。
まだまだ話は続きますが、作者の都合でちょっとお休みをいただきますにゃ。
実は作者は無謀にも自費出版を企て、その0校原稿が返って来たのですにゃ。その編集と校正に集中しなくてはなりませぬ。
吾輩の話はその合間の一か月程でサクサクと書き終える予定でしたが、どんどん話が広がって行ってしまって……。
漸く全体像が見えて来たなと思った(今頃!?)のですが、そんな訳で2カ月程お休みを致しますにゃ。
→未定です。数ヶ月掛かる予定です。

「猫和尚って何者? そして猫婆とは?」
「猫和尚とクロサキの戦いはどうなった?」
「鬼猫の正体は?」
「そもそも何でみんな猫なの?」
「一体花の寺って何?」
「猫和尚とその双子の弟に何があったの?」
まあ、疑問だらけで御座いますよ。
さて、それらをまとめ上げ、尚且つ、「うーむ。はじめはフザケているのかと思ったが、これは中々深い物語かも知れにゃい」と皆様に思って頂けるような物語にしたいと思っておる次第で御座いますにゃ。
「へえ。やれるものならやって味噌」
実は吾輩は密かに心の中でちょっとばかしそうも思っておるのでごにゃりますよ。

皆様。茶トラ如きの災難話にお付き合いくださいまして本当に感謝申し上げますにゃ。
どうぞ。お楽しみにしてくださいにゃ。


安西 トラ
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