第28話  吾輩と夏の災難  14

文字数 950文字

 次の日、男は朝早くからどこかへ出掛けた。
 吾輩はクロサキに家のあちらこちらを案内して貰っていた。山の中の一軒家。今にも崩れそうなボロ家である。寺でもないのに何故「花の寺」などという風雅な名前でここを呼ぶのだろうと思った。
 クロサキに尋ねたが彼はその内分かると言った。

 昨夜、夕ご飯のキャットフードを食べながら吾輩は衝撃的な事実を知った。
「満腹寺?」
「満腹寺の大トラだ。満腹寺カン吉だ」
 ……
 にゃ? 誰? それ?
「お前のオヤジだよ。知らなかったのか?」
 クロサキは言った。
 吾輩のオヤジ? 吾輩のオヤジは、すでに飛行機に乗って遠い所へ……。
 突然、吾輩の頭に小春日和のあの風景と、でっかい茶トラが浮んだ。
 みけ子に「次のさかりにはまた子供を作ろうぜ」と言ったあの破廉恥極まりないデブトラ……
 にゃ?! にゃにー!!
 あのデブトラがホンマモンの吾輩のオヤジ? 
 吾輩は唖然としてクロサキを見詰めた。
「何だよ。お前、マジで知らなかったのか? お前の母親も大概だよな。父親の名前ぐらい教えて置けっつーの」
 クロサキがそう言うのを吾輩は茫然として聞いていたが……。
 吾輩は突然理解した。そうだ。きっと、みけ子もきっとどちらが父親か分からないのだ。
 もう……。何なの? あのヒト(ネコ)。アンビリバボー!!
 吾輩はこれ以上、吾輩の父親を名乗る猫が現れない事を切に願った。

 吾輩は気を取り直した。
 今はそんなのはどうでもいい。いや、どうでも良くは無いが。それよりも吾輩はクロサキに聞きたいことが沢山ある。
「クロサキさん。あの三毛の招き猫って……?」
「ああ。あいつな」
 そう言うとクロサキはちょっと首を傾げた。
「あれは猫婆が憑いているんだ。猫婆は次々に生まれる。猫和尚の心の奥底から。泡みてえに。浮き上がって来るんだ。でもそれは本当は……」
 クロサキは言葉を切った。
「? 本当は何ですか?」
 クロサキは一粒の美しいエメラルドみたいな深い目で吾輩を見詰めた。
「いや、何もかも今夜分かるよ」
 吾輩はごくりと唾を飲んだ。
「な、何があるのですか? 脅かさないでくださいよ」
 クロサキは笑って返した。
「ああ。大したことじゃない。ちょっと穴に入って出て来るという。それだけの事だ。まあ、飯だけは今の内に死ぬほど喰って置けよ」

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