第7話  吾輩と見えない何か 1

文字数 634文字

 その日、奥様は朝から黒い服を着てどこかに出掛けていた。
夜になって帰って来た奥様はピンポンを押して旦那様を呼んだ。
「只今帰りました。お清めの塩をお願いね」
玄関先で奥様の夫である旦那様が背中からさらさらと塩を掛けた。
「ご苦労様。どうだった?」
旦那様は言った。
「もう、大変よ。遠いから・・。でも小さい時からお世話になった叔母様だから絶対に行かないと、と思っていたから。最後にお別れが出来て良かったわ。もう長い事入退院を繰り返していたから、叔父様も茂美ちゃんも諦めがついていたみたいよ」

奥様は洋服を取り替えるとリビングの椅子に座った。
旦那様は奥様にお茶を入れてテーブルの上に置いた。
「どうしても抜けられない仕事があって、行けなくて申し訳がない。49日には行くから」
そう言って奥様の前に座った。
奥様は頷いた。
「田舎の親戚にも久し振りで会って、ちょっと懐かしかったわ」
奥様が言った。
二人は告別式に付いて話をしていた。久々に顔を合わせた親戚の動向なども話題に出た。
誰が結婚をして、どこへ住んだとか、誰がどこの大学に進学したとか、誰の所に子供が産まれたとか。誰が卒業してどこへ就職したとか、誰が病気をして入院したとか、誰の家で犬を飼い始めたとか。誰の家で台風の被害に遭って水浸しになったとか・・。


吾輩はキャットタワーの上から奥様を見下ろす。
吾輩の隣にいた母がふと顔を上げた。玄関をじっと見詰める。
吾輩も玄関を見る。

白い何かが玄関にいる。
よくよく目を凝らすとそれは白い百合の花だった。
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