第20話  吾輩と夏の災難 6

文字数 685文字

 眠りながらも会話が聞こえて来る。
「花の寺はこんな細い道を降りて行くのかい?」
「ああ。この坂をぐるぐると下った場所にある」
「下った場所に有るのかい?」
「いや、湖の中の一本道をどこまでも行くんだよ。その先の御山にあるんだ」
「へえ。寂しい所だね」
ごとごとと体が揺れる。

吾輩は目を覚ました。
吾輩は軽トラックの助手席にいた。それも大きな鳥籠に入れられて。
吾輩は伸びをした。どこかで鈴の音がちりんと鳴った。
「おや?」と思って自分の首を見下ろす。何故か鈴が付いていた。それに赤いリボン。いつの間にと思った。吾輩が眠っている間に誰かが付けたのだろうか?
会話が聞こえた筈なのに乗っているのは吾輩と運転手のオヤジだけだった。吾輩はぼんやりとオヤジを見た。確かに会話だったが・・・.

オヤジはちらりと吾輩を見た。
「ぼーとしているな。まだ薬が効いているんだな」
「でも、大人しいのは助かるね」
「これで大暴れでもされたら、首でも絞めて気絶させなきゃならんところだ」
「首の締め具合に気を付けないとね。殺してしまったら元も子も無い」
くっくっくと低い笑い声がオヤジの口から洩れた。

吾輩はオヤジを見詰めた。
このオヤジは一人で二役をやっていると思った。これが世に言う多重人格というものか?
ほう……。初めて見たな。
そう思った。
吾輩は窓の外に目をやった。
一体ここはどこにゃろ?
目の前の細い道はまるで湖に浮かんでいるみたいだった。湖の中の一本道。真っ直ぐにどこかに伸びている。水の向こうには何も見えない。外は薄闇が下りて来ている。湖はさざ波を道に寄せる。人も家も森も無い。薄闇に覆われた世界は全くの水の世界だった。
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