第16話 吾輩と夏の災難 2
文字数 1,225文字
読者の皆様。ご無沙汰しておりましたにゃ。
漸く涼しい風が吹くようになりましたにゃあ。人間を含め、生き物にとってはトンでも無く過酷な夏でしたにゃ。
さて、吾輩はこの夏、えらい災難に見舞われましたのにゃ。是非、その話を聞いて頂きたいと思うのでごにゃります。茶トラ如きの災難など、そんなの聞きたくはにゃいと言われましても、問答無用で勝手に話をさせていたにゃきますので悪しからず。にゃ。
あれはうだるような暑さが何日も続き、道端の街路樹も「み、水をくれ……」と灼熱地獄に喘いでいたある日の午後。
吾輩は快適な和樹の部屋の窓から外を眺めていた。
番犬ならぬ番猫を自認していた吾輩は、夏前は良く門の所に座って外を行き交う人々を眺めた。だが、夏になると吾輩はそれを止めてクーラーの効いた涼しい室内から外を眺める事にした。熱中症になったら困るし、人間よりも地面に近い猫はもろに地面からの輻射熱を浴びるからだ。それなら日陰にいろよと思われるだろうが、深い森ならいざ知らず、こんな猫の額程度の庭の樹木ではそれ程の効果は望めない。蒸し暑くてたまらない。そんな根性で番猫が務まるのかと、吾輩も思うのだが、命には代えられないと思う次第である。
と、見慣れぬ黒猫が門の向こうを横切って行った。体はがりがりに痩せて毛皮は艶も無く眼病に罹患しているのか、片目が灰色に濁っていた。何とも不吉な黒猫だった。吾輩とその猫は目が合った。吾輩はその猫を見詰めた。まるで死神みたいな猫だと思った。あいつがこの家に入って来るようなら、熱中症などと言ってはいられない。門を入る前にすぐさま追っ払わなくてはと思った。吾輩とそいつは睨み合った。そいつはじっと吾輩を見ていたがふと向きを変えて道を通り過ぎて行った。吾輩はほっとした。
吾輩はかりかりと窓を引っ掻いた。夏休み中、暇さえあればPCでゲームをしている和樹は吾輩を見て、
「何だ。トラ。外に行くのか? 死ぬほど暑いぞ。すぐに帰って来いよ」と言って窓を少し開けてくれた。吾輩はするりとそこを通り抜けると梅の木を伝って外に出た。門まで走って去って行った黒猫を探した。だが、既に黒猫の姿は無かった。
ゆらゆらと陽炎の立つ道路の向こうから日傘を差したご婦人と帽子を被った紳士がやって来る。吾輩は目を凝らした。
我が家の旦那様と奥様である。二人でお出かけをしていたらしい。旦那様は紙袋を持っていた。
吾輩は二人がやってくるのをその場で待った。
「あら、トラ。こんな所で何をやっているの? お出迎え? 偉いわね。でも暑いから家の中に入りなさい」
奥様が汗を拭きながら言った。
「トラ。もしかしたら、お前は予感していたのか? さあさあ、お前の友達を連れて来たぞ。仲良くするんだぞ」
旦那様が笑いながら紙袋を持ち上げて言った。
吾輩は奥様と旦那様の後に続いて家に入って行った。
吾輩は気が付かなかったが、そんな吾輩の姿をさっきの黒猫は物陰からじっと見ていたのだった。
漸く涼しい風が吹くようになりましたにゃあ。人間を含め、生き物にとってはトンでも無く過酷な夏でしたにゃ。
さて、吾輩はこの夏、えらい災難に見舞われましたのにゃ。是非、その話を聞いて頂きたいと思うのでごにゃります。茶トラ如きの災難など、そんなの聞きたくはにゃいと言われましても、問答無用で勝手に話をさせていたにゃきますので悪しからず。にゃ。
あれはうだるような暑さが何日も続き、道端の街路樹も「み、水をくれ……」と灼熱地獄に喘いでいたある日の午後。
吾輩は快適な和樹の部屋の窓から外を眺めていた。
番犬ならぬ番猫を自認していた吾輩は、夏前は良く門の所に座って外を行き交う人々を眺めた。だが、夏になると吾輩はそれを止めてクーラーの効いた涼しい室内から外を眺める事にした。熱中症になったら困るし、人間よりも地面に近い猫はもろに地面からの輻射熱を浴びるからだ。それなら日陰にいろよと思われるだろうが、深い森ならいざ知らず、こんな猫の額程度の庭の樹木ではそれ程の効果は望めない。蒸し暑くてたまらない。そんな根性で番猫が務まるのかと、吾輩も思うのだが、命には代えられないと思う次第である。
と、見慣れぬ黒猫が門の向こうを横切って行った。体はがりがりに痩せて毛皮は艶も無く眼病に罹患しているのか、片目が灰色に濁っていた。何とも不吉な黒猫だった。吾輩とその猫は目が合った。吾輩はその猫を見詰めた。まるで死神みたいな猫だと思った。あいつがこの家に入って来るようなら、熱中症などと言ってはいられない。門を入る前にすぐさま追っ払わなくてはと思った。吾輩とそいつは睨み合った。そいつはじっと吾輩を見ていたがふと向きを変えて道を通り過ぎて行った。吾輩はほっとした。
吾輩はかりかりと窓を引っ掻いた。夏休み中、暇さえあればPCでゲームをしている和樹は吾輩を見て、
「何だ。トラ。外に行くのか? 死ぬほど暑いぞ。すぐに帰って来いよ」と言って窓を少し開けてくれた。吾輩はするりとそこを通り抜けると梅の木を伝って外に出た。門まで走って去って行った黒猫を探した。だが、既に黒猫の姿は無かった。
ゆらゆらと陽炎の立つ道路の向こうから日傘を差したご婦人と帽子を被った紳士がやって来る。吾輩は目を凝らした。
我が家の旦那様と奥様である。二人でお出かけをしていたらしい。旦那様は紙袋を持っていた。
吾輩は二人がやってくるのをその場で待った。
「あら、トラ。こんな所で何をやっているの? お出迎え? 偉いわね。でも暑いから家の中に入りなさい」
奥様が汗を拭きながら言った。
「トラ。もしかしたら、お前は予感していたのか? さあさあ、お前の友達を連れて来たぞ。仲良くするんだぞ」
旦那様が笑いながら紙袋を持ち上げて言った。
吾輩は奥様と旦那様の後に続いて家に入って行った。
吾輩は気が付かなかったが、そんな吾輩の姿をさっきの黒猫は物陰からじっと見ていたのだった。