第25話  吾輩と夏の災難 11

文字数 717文字

トラがいなくなって三日が過ぎた。
和樹と奥様は「迷いネコ」のチラシを作った。
トラがいなくなってからみけ子はずっと玄関に座って招き猫を見ている。和樹はそんなみけ子の体を撫でながら「何だよ。何もいい事無いじゃん。招き猫とか言っちゃってさ……」と言った。そして少し考える。
「ああ。あったか。いい事」
そう呟いた。

 旦那様が今担当している商談が上手く行くかも知れない。ずっと難航していたのだが、ようやくまとまりそうなのだ。旦那様はその帰りにいい気分でスクラッチくじを買ったら10万円が当たった。そのお金で奥様に一粒真珠のネックレスを買ってあげた。
 友達の家から帰って来たるり子は興奮して言った。
「マミちゃんの従兄が来ていてね。すごくカッコ良い人なの。6年生なんだって。ラインで友達登録をしてもらったの。すごいでしょう。千葉に住んでいるんだって」
 そう言ってそのお兄さんと友達と3人で撮った写真を見せて自慢していた。

「和樹、チラシと両面テープ。私は道から右の方へ行くから、和樹は左側ね。途中のペットショップとか動物病院にも置いて来てね。暑いからちゃんと水を持って行くのよ」
 奥様が言った。
 和樹はトラの写真を見てふと思い出した。
「母さん。トラは青い首輪をしていたよな?」
「そのはずだけれど」
 和樹は首を傾げた。

 あの時、ドアを出て行ったトラの首にちらちと見えたのは赤じゃ無かったか?
いや、どうだろう……。よく覚えていない。
和樹はちらりと茶トラの招き猫を見る。その赤いリボンを見詰める。
茶トラは相変わらず無邪気に和樹を見ている。
「まさかな」そう言うと和樹はキャップを被ってリュックを背負った。
二人の後ろ姿を見送るとみけ子はまたじっと招き猫を見詰めた。
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