第36話  吾輩と夏の災難 22

文字数 476文字

 猫和尚は山道を運転していた。
 湖の中の一本道を通り過ぎ、山をぐるぐると登ってまだ行った事のない街を目指していた。後ろの荷台には骨董市で売る招き猫やその他のガラクタが載せられている。
 猫和尚の横には白い猫が座っていた。ハナ子である。
 本当なら真っ白で美しいはずのその毛皮が薄汚れ、艶を失くしていた。ハナ子は珍し気に車窓を流れる景色を見ている。大人しい猫だ。
「猫婆。骨董市は明日から三日間だ。今日はその下見だな。さて、どんな猫がいるか楽しみだ」
 猫和尚が言った。
「そうだねえ。しかし、あのご本尊も頑固な事だ。いつまで我を張っている積もりだろうねえ。さっさと出て来て普賢菩薩の」
 猫婆の言葉が途中で途切れた。
 猫和尚は暫く待ったが、猫婆の声は聞こえなかった。
「猫婆?」
 猫和尚は声を掛けた。
 返事が無い。
「猫婆? どうした? 猫婆」
 猫和尚は車を停めた。自分の体の中の声に耳を澄ませる。

「猫和尚。……ああ。ご本尊が」
 猫婆の呻く様な声が自分の口から洩れた。そしてそれ以降猫婆の気配がぱたりと消えた。
 猫和尚はハンドルを持ったままじっとその場で前を見ていた。
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