第37話  吾輩と夏の災難 23

文字数 499文字

 猫和尚は車をUターンさせると花の寺へ向かった。
 猫婆が消えた。
 猫婆が憑かない菩薩猫はただの陶器だ。猫を拐かすことは出来ない。それよりも、さっきの猫婆の言葉だ。それが問題だ。確かに「ご本尊が」と言った。

 ご本尊が戻られたのか?!
 では、あのちびトラは説得に成功したのか?
 そうだ! きっとそうだ!
 ……ようやく、ああ、ようやく戻られた。
 猫和尚は涙が溢れるのを止められなかった。長い間の苦労がようやく実ったのだ。
 涙で目が曇って何も見えない。猫和尚は車を道の端に停めた。
 普賢菩薩様の御隠れになった場所をご本尊にお聞きしてそして俺は会いに行くのだ。
 普賢菩薩様に従って般若の知恵を授かり、そして悟りを得るのだ。この薄汚いのろまな男ともお別れだ。ようやく終わったのだ。長く困難な道のりだった。
 遠い昔の自分が脳裏に浮かんだ。遠く苦しい旅をして来た自分の。
 自分の今までの艱難辛苦が思われた。
 そして寂しい顔をして微笑むあの優しい……。
 猫和尚は喉をうっと詰まらせると堪え切れずハンドルに突っ伏して涙を流して泣いた。
 おいおいと声を出して泣いた。
 そんな猫和尚をハナ子はびっくりした様な目で見ていた。
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