第17話  吾輩と夏の災難 3

文字数 1,055文字

 クロサキはじっとカン吉を見詰める。その片眼は濁っていたが、残った方の眼光は鋭かった。
 あれは地獄を見て来た者の目だ。カン吉はそう思った。一体、クロサキに何があったのか。
カン吉はそろりと一歩を踏み出した。ぴりぴりと空気が緊張で張り詰める。片や東の首領(ドン)(カン吉)方や落ちぶれたとは言え西の首領(ドン)(クロサキ)。ゲン太はごくりと唾を飲み込んだ。大物同士の一騎討ち。まさかあんなにやつれたクロサキさんをカン吉親分がどうこうする筈も無いのだが……。
 クロサキが歩き出す。カン吉は低く唸る。
 その時、寺の庫裡からのどかな声がした。
「カンちゃん。ご飯よ~」
 寺のお手伝い、「おさん」の声だ。
 空気が一気に緩んだ。緩み過ぎて誰もが昔懐かしいドリフのコントの様に「ありゃあー」と言ってばたりとコケるかと思うくらいだ。ゲン太もコケそうになったが慌てて足を踏ん張った。見るとクロサキはコケていた。カン吉もコケていた。ゲン太は後ろを振り向くとどたどたと走るおさんを見てその破壊力にごくりと唾を飲んだ。
「恐ろしい。恐ろし過ぎる……」

「あら、嫌だ。カンちゃん。こんな所で寝そべって。お友達が来ているの? あら、嫌だ。お友達も寝そべって。じゃあ、今日はスーパー満腹の出血大サービスで買って来た猫缶をご馳走してあげる。さあさあ、みんなこっちへおいで」
 おさんの大きな尻が揺れる。その後ろを猫達はとことこと付いて行く。
「満腹寺の。俺まで馳走になっちまっていいのか」
 クロサキは言った。
「おうよ。まずは腹ごしらえだ。たっぷりと喰ってくれ。その後でお前の話を聞こうじゃないか」
 カン吉は言った。そしてクロサキの後ろを付いて来るゲン太に目を止めると、
「何で、お前まで来るんだ」と言った。
 ゲン太は涼しい顔をしたまま「何を言っているんすか。親分。クロサキの旦那の話の内容如何に寄っちゃあ、俺だって命を掛けなくちゃならねえ事になるかも知れねえんだ。その前の腹ごしらえっすよ。だって、猫缶でしょ? 俺は滅多に食えねえからなあ。俺もご相伴に預かりますよ。……しかし昼から猫缶とは。豪勢なもんだ。流石満腹寺の和尚さんだ。坊主丸儲けとはこの事ですな」と言った。
 カン吉はフンと鼻を鳴らした。
「てやんでぇ。おめえら一般猫には分からねえ苦労があるんだよ。寺にはな。……おい。ゲン太。おめえの分、半分はクロサキにやれよ」
「ええー!? そりゃあ、ねえっすよ。親分」
 そんな事をごちゃごちゃと言い合う(にゃあにゃあとうるさい)猫を後ろに従え、おさんは庫裡の中に入って行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み