第3話  吾輩と韓流ドラマ

文字数 1,634文字

 吾輩はトラである。名前もトラである。
 時々「()トラ」などと呼ばれることもある。

 和樹にそう呼ばれるのは致し方が無いが(吾輩の兄貴分であるからね)、妹のるり子にそう呼ばれるのは業腹である。
「お前だって『()るり』だろう。小童(こわっぱ)め」と悪態を付く。

 吾輩が生まれてから2か月もすると、次々に兄、姉の姿が消えて行った。彼らは奥様の知り合いの家に貰われて行ったのだ。母は子供が消える度に「にゃあにゃあ」鳴いてあちらこちらを探して歩いたが、暫くすると諦めたのか、探す事もしなくなった。
 今では自分にかつて3匹の三毛の子猫がいたという事すら忘れているのではないだろうか。

 吾輩は猫と言う生き物の忘れっぽさに驚くと伴に哀しさを感じずにはいられない。
 この人間上位の世界に於いて、我々猫族が健全な家庭生活を営む事は困難を極める。
「呆れる程簡単に忘却」というのは子供との別離という悲しい出来事を乗り越え、明日も元気に生きて行くために神様が我々猫族に与えてくれた一つの恩恵でもあるのだ。


 ところで何故吾輩のみが残ったか。
 それは長男である和樹殿(殿を付けてみた)とのご縁のお陰である。
 和樹殿は吾輩を気に入っていらっしゃるから。
 (序に敬語も遣ってみた)
 同時に、家庭に迎える子猫を見に来た奥様のお友達は誰も吾輩を欲っしなかったというちょっと悲しい理由の為である。
 要するに売れ残ったのである。

 そんな訳で吾輩と母猫は相変わらずの日々を送っていた。

 さて、我が家の奥様は近所のスーパーマーケットでパートの仕事をしていらっしゃる。
 午後の3時になると、仕事を終えて、そこで夕食の買い物と、今日のお仕事のご褒美に小さなスイーツを購入して自転車の籠に乗せ、そしてご帰宅される。

 奥様の至福の時間。
 それは帰宅から夕食準備の間の1時間半。ゆっくりと紅茶を飲みながら買ってきたスイーツを食べて韓流ドラマを観る事なのである。
 吾輩と母もそれにご相伴させて頂く。
 スイーツの一欠片を頂いて母と吾輩も「韓流ドラマ」を見るのだ。

 ハングル語なので何を言っているか分からない。
 それ以前に登場人物達の顔の判別が付かない。何故か皆同じ顔に見える。
 切れ長の目とすっきりとした鼻筋。シミ一つない白い肌・・・。整い過ぎて人間に見えない。
 まるでCGで描いた様な人々。
 髪型が似ていたりするともうお手上げである。
「にゃ?この者はさっき、殺されたはずでは?・・・何故に花束を持って現れたのにゃか?」
「にゃにゃ?彼は果たして主人公の兄なのか、恋人なのか、はたまた会社の上司なのか・・。どうにも分からにゃい」

 首を傾げながら見ていると、男が何かを叫びながらドアを乱暴に開けた。
「・・・・!!」
 吾輩はびくっとする。
 殺しか?殺しが行われるのか?
 吾輩は固唾を飲む。

 部屋の中に居た女は怖い位目を見開く。
 そして、何かを叫んだ。
「・・・!!!」
「・・・・!!」
 二人は慌ただしく衣服を剥ぎ取りながらもつれ合う様にベッドに転がり、接吻を交わす。
「にゃ?」
 何事?

 奥様はうっとりと見ている。
 母は満足げに目を閉じて喉を鳴らす。
 吾輩は目を皿の様にして見詰める。

 奥様はそうやって、うっとりと見ている時もあれば、はらはらしながら見ている時もあり、時にはハンカチで流れる涙を拭っている時もある。
 ドラマよりも奥様を見ている方が面白い。

そうやってドラマを観続けた結果、吾輩は登場人物の見分けも出来る様になったし、何とか「ヘヨ」と言葉の最後に「へヨ」を付ける事も分かった。
「アンニャンハセヨ」→「アンニョンハセヨ」→「こんにちは」
「ニャランへヨ」→「サランヘヨ」→「愛してます」

「ニャクスムニダ」→「モクスムニダ」→「食べます」
これはハムニダ体と呼ばれているらしい。

猫言葉は国が違ってもそれ程違う訳でも無いが、人間の言葉は種類が多すぎて、意思の疎通が大変だなと感じる。
吾輩は一度韓国の猫と話をしてみたいと思った。
「アンニャンハセヨー」!




 
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