九 借金未返済殺人事件① ハイエナ

文字数 2,142文字

 秘湯で知られる上信越国立公園の奥山渓谷にある奥山温泉。そして、かつては奥山渓谷の河岸段丘に、高原野菜の産地と日本の名山、烏岳の登山口で知られる奥山村があった。

 二〇〇五年四月。
 奥山村の四人が高校卒業後、都内へでた。山田勇作、福原富代、関口虎雄はともに私立大へ進学し、宗谷慎司は金属加工企業へ就職した。

 二〇〇五年十一月。
 進学した山田勇作、福原富代、関口虎雄の三人は、大学一年の後期分の授業料を払うためにアルバイトしたが、目標の授業料の金額に達しなかった。実家から仕送りはあったが、田舎育ちの三人にとって、何をするにも目新しく興味を引くものばかりで出歩く機会が多く出費がかさんだ。三人とも親が田舎の村でも有力者だったため、見栄を張る事だけは人一倍心得ていたが、懐事情はその見栄についてゆかず、実家から送られた学費を使いこんでいた。

「なあ、勇作。授業料を払うんだ。金、貸してくれ」
 大久保の山田勇作のアパートで、関口虎雄は同郷の山田勇作に借金を依頼した。
 めったにアパートを訪ねてこないくせに来ればこれだ。金遣いが悪いんだ・・・。
 山田勇作はそう思いながら関口虎雄を睨んだ。
「家から、授業料を貰ったんじゃねえのか?」
「ああ、貰ったさ。十月までは手元にあった。すぐに納めちまえばいいものを、今日は一万、次の日も一万って使った。一ヶ月で半分になった。バイトもしたが、飯代で消えてった。今さら、使いこんだからお金を送ってくれなんて親父にいえねえぜ・・・・」
 関口虎雄はそういいながら父親を思った。
 関口虎雄の父親は奥山村の村長だ。関口虎雄は、父親に弱みを握られた村人がどのように罵倒され、あげく、どんな目にあったか嫌というほど見ていた。
 親子でも弱みを見せたら、ずっと親父のいいなりだ。それだけはしたくねえ・・・。
 ずいぶん身勝手な考えだが、好き勝手放題で育った関口虎雄に、自分の理不尽な思考などわかろうはずもなかった。

 山田勇作の父親は登山客相手の観光旅館の経営者で村会議員。村の政治に携わっている。
 福原富代の父親は高原野菜や地元作物を販売する地元有力企業の経営者で村会議員だ。
 山田勇作の父親も、福原富代の父親も、類は友を呼ぶがごとく、関口虎雄の父親と同じ思考の持ち主だ。そして、山田勇作も福原富代も関口虎雄と同じように、使い道がわかっているお金であろうと、お金が有れば有るだけ使う抑制が効かない性格だった。

「実は、俺たちも、使っちまったんだ・・・」
 そういって山田勇作は関口虎雄から視線を反らした。
 呆れた顔で関口虎雄は山田勇作から福原富代へ視線を移した。
「富代もか?」
「ああ、富代もだ。だから、こうして富代がここにいるんだ」
 山田勇作は、山田勇作にへばりつくように隣りに座っている福原富代の膝を撫でた。
「バイトしたけど、足りないのよ。いろいろ出費が多いの・・・」
 関口虎雄が福原富代の顔を見るたびに富代の化粧が濃くなっている。これでは外見だけで費用がかさむはずだ・・・。
「何とかしねえと、親に泣きつくハメになる・・・。
 かといって、あのクソ親父には弱みを握られたくねえんだ・・・」
 関口虎雄は山田勇作と福原富代を見ながら思案に暮れた。
「俺たちも似たようなもんだ・・・」
 山田勇作はうつむいた。隣で福原富代が畳の目を数えるように指先で畳をなぞって、自分がしてきた事を山田勇作に解決してもらおうと思っている。

「金を借りられそうなヤツはいねえか?」
 関口虎雄が目を細めて冷ややかに二人を見た。
 学内に金を貸してくれそうな学生はいない。身近にいるのはこれまで関口虎雄が金で繋ぎとめてきた学生ばかりだ。彼らは関口虎雄を金払いのいい裕福な家庭の息子だと思っている。そのような状況は山田勇作も福原富代も同じだった。
「いねえな・・・」
 山田勇作がそうつぶやいた。
「勇作は何のために、金を使って取巻きを増やしたんだ?」
 関口虎雄が苛立ちはじめた。
 人の事はいえねえ・・・。俺も同じなんだから・・・。
「虎雄もお互い様だろう。金のないヤツに限って集まってきてた・・・」
 貧乏学生にたかられただけじぇねえか・・・。

「ねえ、慎司のヤツ、近くに就職してたよね・・・。
 確か、海に近い所の特殊金属加工会社だったよね・・・」
 山田勇作にすり寄って福原富代がそういった。
 宗谷慎司は金属加工企業へ就職している。
「勇作は聞いてねえのか、住所?」
 関口虎雄は山田勇作に命令口調だ。
「卒業生の住所名簿、家に置いてきちまった」
 山田勇作が本棚を見ながら福原富代の膝を撫でている。
「あたしもだわ」と福原富代。
「オレのとこにあったかもしれねえ。帰ったら調べるよ。
 もし、ヤツが貸してくれるといったら、いくら借りる?」と関口虎雄。
「オレは三十万」と山田勇作。
「あたしも三十かな・・・」と福原富代。
「じゃあ区切りよく、三人で百万だな」
 関口虎雄が姑息な目付きでそういった。
「オイ、勝手に決めていいのかよ。まだ、ヤツが持ってるかどうか、確認してねえんだぞ」
 山田勇作は、宗谷慎司に無断でこんな事を決めていいはずがないと思った。 
「貯めこんでるさ。アイツの家を考えてみろよ」
 関口虎雄の態度が屍肉をあさるハイエナのように変っている。

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