十八 奥山事件② 消えた未来

文字数 1,352文字

 村八分のため、福原富代の家族が経営する福原物産に、春の山菜も高原野菜も、何一つ集まらないまま八月になった。このままでは集荷場を増築して梱包設備を増設した借金の返済どころか、借金の利息すら返せない。暮してゆけない・・・。土地と家屋を売って借金を無くし、新しい仕事を探すしかない・・・。福原富代の父福原富造は福原物産の廃業を決めた。

 二〇〇七年八月半ば、夏の夕刻。
 福原富代の家族は親戚を頼って奥山村をでるため、運送会社を使って荷物を送りだした。
「クソ!なんで、俺たちがこの土地からでなきゃなんねえんだ!」
 福原富代の弟の政則が玄関先で喚いた。
「俺たちが殺した訳じゃねえぞ!野菜の集荷に使ってもらえるからって、このあいだまでへこへこしてたくせに、なんて奴らだ!
 親父!何とかいえよ!えっ?」
「・・・」
 連日くりかえされる政則の愚痴に、父の福原富造は沈黙したまま、玄関に積みあげられた荷物をワンボックスカーに乗せた。
「農協が村の三箇所に、共同集荷所を作ったからダメなんだよ・・・。
 あっちの方が単価もいいし、時給も高いから野菜も人も来ないさ・・・」
 母親も荷を積みながらうな垂れている。
「今まで野菜を安い単価で買って、安い時給でこき使ってきたのは、お前らだろう!」
 政則は玄関に仁王立ちになって親たちを睨みつけた。そんな事をしても何も解決しないのはわかっているが、村人による度重なる無視と、離れた所からこれ見よがしに発せられる嫌がらせと投げつけられる小石に対する不満を、自分の中で消化できない政則だ。
「今さら何をいっても始らねえ。バカな娘で苦労するのはこっちだ・・・」
 福原富造は年老いた両親と妻をワンボックスカーに乗せた。
「俺はでて行かねえからな・・・」
 クソッ、奴ら、只じゃおかねえ・・・。絶対に、仕返ししてやる!
 政則は拳を握りしめてギリギリと歯噛みした。
「好きにしろ・・・。行くぞ・・・」
 両親と妻が座席に着いた。父親は運転席に乗りこんだ。
「ああ、気が向いたら、後から俺も行く・・・」
 政則はサンダルを履いて外へでた。車は住み慣れた家の庭から走り去った。
 夕暮れの空を雲が覆っている、雨になりそうな気配だ。

 政則は家に戻った。
 居間のサイドボードからウィスキーを取って台所へ行き、グラスにウィスキーを注ぎ、冷蔵庫から缶ビールをだして、ウィスキーをビールで割って一口飲む。生暖かい。ビールは冷えてるがウィスキーが温まっている。
 冷蔵庫を開けた。製氷器に氷はない。氷くらい作っとけよ・・・。チィッと舌打ちして、政則はグラスを一息にあおった。気をおちつかせたかったが一杯では無理だ・・・。たてつづけにウィスキーのビール割りを三杯飲んだ。いくらか気持ちが修まった。
 クソ、生活がめちゃくちゃだ・・・。今さら他所で働けるか・・・。
 素行が悪かった政則は、父親の後継者になるため農業大学へ進もうとしていた。
 また、グラスにウイスキーを注いでビールで割って飲んだ。姉もバカだが、姉たちバカに金を貸す方が、もっとバカだ。関口虎雄たちのワルぶりを知ってるだろうに・・・。バカがバカたちに金を貸すから、オレの未来が消えちまったじゃねえか・・・。飲むたびに、グラスに注ぐウィスキーの割合が増えてビールの割合が減っていった。
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