二十八 検証②

文字数 3,303文字

 福原富代が屋上から転落したのでないなら、福原富代が転落した位置の五階と四階の部屋を調べる必要がある。階段を下りながら真理はそう思った。

 真理の思いを察したように佐伯が奥山支配人に訊いた。
「福原富代さんが倒れている位置の上は、誰の部屋ですか?」
「五階は鞠村まりえさんの個室です。
 四階はアドイベント企画の安西さんたちスタッフの部屋です」
「OfficeMarimuraの人たちは五階ですか?」
「そうです。五階の部屋です。
 ディレクター、マネージャー、モデル二人は個室です。
 他のスタッフ十名は、佐伯さんの部屋と同じ八畳二間つづきの和室二部屋で相部屋です。
 ドキュメントスタッフも五階にいます。相部屋を四室使ってます」
「四階の個室を見たいですね。案内していただけますか?」
 階段を下りながら、佐伯は奥山支配人の表情を確認している。
「ええ、安西さんに頼んでみましょう」
「鞠村まりえさんの真下が、安西さんの部屋か?」と真理。
「誰が個室を使うか、安西さんに任せてあります」
 奥山支配人が説明する間に、四階の個室に着いた。

 ドアをノックした。アドイベント企画の現場運営プロデューサー安西肇がドアを開けた。
 佐伯は手早く事情を説明し、室内に入った。室内に安西肇とアドイベント企画ディレクター西村順がいた。

 客室の窓は内部にガスが注入された三層構造の防寒用で、横開きのハッチ形式。フルオープンにはならず、四十五度くらいしか開かない。この窓から身を乗りだすには、斜めに開いた窓と窓枠の間に身を入れねばならない。必ず身体や衣服が窓と窓枠に触れる。
 調理場裏口ドアから現場を見ていたため、はっきり確認していないが、福原富代の衣服に、狭い所を抜けたような様子は無かった・・・。真理はそう思った。
 佐伯が窓と窓枠をライトで照らした。窓と窓枠に傷も汚れも無く、塗装は綺麗で砂粒や地衣類は無い。佐伯は持っているケースから小さなジップロックを取りだして、中から白い布のようなシートをピンセットでつまみ、そのシートで窓と窓枠を拭いて付着物を採取してポリ袋に収めた。佐介は佐伯が示す箇所を全て撮影した。一通り調べると佐伯は安西に福原富代の部屋がどこか尋ねた。

「福原富代の部屋は非常階段の一つ手前の東側の和室です。四人部屋です」
 安西肇は従業員用の階段を非常階段と思っていた。
 真理は、従業員用と呼んでいる階段に非常階段の表示があったのを思いだした。従業員用階段と聞かされたからそう考えたが、実際は非常階段だ・・・。この奥山館をよく利用する客が、非常階段を確認して使っていた可能性がある・・・。
「ご協力ありがとうございました。刑事たちが事情聴取しているので協力してください」
 佐伯はアドイベント企画の安西肇と西村順に礼を述べて部屋をでた。


 フロントへ戻った。
 佐伯はフロントの高須客室係から佐伯用の従業員と客のリストを受けとった。奥山支配人が説明したとおり、五階の個室は鞠村まりえが使用している。
 佐伯は合鍵を確認するため、奥山支配人に、金庫に保管している鍵と、今使用した鍵を全てフロントのカウンターにだすよう指示した。
「わかりました。高須、保管している鍵を全部だしてくれ」
 奥山支配人の指示で、高須客室係はキーボックスと金庫から鍵束をだしてフロントのカウンターに置いた。
 佐伯は鍵束から、客用階段から屋上へでるドアの鍵を、キーボックスの予備の鍵一個と金庫の合鍵二個を分けてカウンターに並べた。従業員用階段から屋上へでるドアの鍵も、同様にしてカウンターに並べた
 そしてそれらの隣りに、先ほど屋上の二つのドアを開けたキーボックスの二種類の鍵を並べ、区別がつくように八個の鍵に荷札を付けて、佐介に鍵を撮影するよう指示した。
 佐介が鍵を撮影すると、佐伯は鍵を裏返して撮影させ、金庫に保管してあった合鍵と、いつもキーボックスにある予備の鍵を見くらべた。
「ここも撮影してください。アップで」
 佐伯は、金庫に保管してあった従業員用階段から屋上へでるドアの合鍵に微妙な窪みと僅かな傷を見つけ、キーボックスの鍵と比較した。

「支配人。駐車場から地下の倉庫へ入るドアの鍵と合鍵もここに保管してありますね」
 佐伯がそういうと、奥山支配人は佐伯に答えて高須客室係に指示した。
「ええ、保管している合鍵はその束の中にあります。
 高須。駐車場から地下倉庫へ入るドアの鍵をだしてくれ」
 高須客室係はキーボックスから、駐車場から地下倉庫へ入るドアの鍵を一個だした。これと同じ予備の鍵はキーホルダーに付いたまま、関口虎雄の死亡現場である倉庫の作業テーブルの上にある。
 佐伯は先ほどと同じように、駐車場から地下倉庫へ入るドアの鍵と金庫に保管してあった二個の合鍵を見くらべた。合鍵に、保管してあった従業員用階段から屋上へでるドアの合鍵と非常によく似た微妙な窪みと僅かな傷を見つけて、佐介に撮影させた。

「屋上へでるドアの鍵と、駐車場から倉庫に入るドアの鍵、それぞれの合鍵の型を取っていいですか?」
 佐伯は、金庫に保管してあったそれぞれの合鍵を奥山支配人に示した。
 佐伯の言葉で、一瞬、奥山支配人と安藤副支配人と高須客室係の目が泳いだのを真理は気づいた。
「どういうことですか?」
「粘土で型どりして復元するだけです。それまで、金庫に保管してあったこの合鍵を預からせてください」
「ええ、それぞれ合鍵が一個ありますから、かまいませんよ」
 支配人の様子が変だ。それは安藤副支配人と高須客室係にもいえる。やはり、鍵に、事件のカギがある。ダジャレじゃない・・・。真理はそう思った。
「では、お借りします」
 佐伯は、金庫に保管してあった、従業員用階段から屋上へでるドアの鍵と、駐車場から倉庫へ入るドアの鍵、それぞれを小さなジップロックに入れて遺留品収集用具のケースに収めた。
 佐伯が鍵をジップロックに入れる間、真理は、奥山支配人と安藤副支配人、高須客室係を見ていた。三人とも固まったように無表情で何も話さなかった。
 やはり、鍵が事件のカギだ・・・。
「食材貯蔵庫と駐車場のドアの撮影がまだすんでいませんでしたね。撮影しましょう」
 佐伯はそういって真理と佐介、奥山支配人と安藤副支配人を連れて調理場へ移動した。


「合鍵の予備、つまりスペアキーを作りましたか?」
 佐伯はフロントから調理場へ通路を移動しながら、奥山支配人に訊いた。
 通路の左側にレストランと喫茶コーナーがある。調理場の従業員たちはレストランと喫茶コーナーへ移動し、到着した地元警察署と県警本部の刑事たちによる再度の事情聴取に答えていた。
「予備を作らなくても、ありますよ」
 奥山支配人は何か意を決したような表情だ。
「どういうことですか?」
 佐伯は立ち止まって奥山支配人を見た。
「各ドアの鍵は五つあります。二つは金庫に保管し、キーボックスに二つ、一つは責任者が持ってます。予備の鍵を作る必要はありません。
 関口虎雄さんが使っていた倉庫の鍵と駐車場のドアの鍵は、キーボックスにあった予備の鍵です」
「そうですね・・・。私は、鍵の個数を訊きませんでしたね・・・」
 佐伯は表情を変えずに歩いている。

 伯父さんは鍵の個数を訊くのを忘れたのだろうか?伯父さんはあえて奥山支配人に鍵の個数を訊かなかったように思う・・・。どうして奥山支配人はフロントで鍵の個数を話さなかったのだろう?鍵について話したくなかったなら、合鍵を作ったと話しているようなものだ・・・。
 真理は佐伯と奥山支配人と安藤副支配人を観察した。
「真理。カメラケースを頼むよ。ちょっと離れて歩こう」
 佐介は真理にカメラケースを持たせ、真理の思いを見透かしたように真理とともに佐伯の背後を歩いた。今は不審なまなざしで支配人と副支配人を見ない方がいい・・・。
 真理は佐介の思いを感じた。

 調理場へ入ると県警本部の鑑識が福原富代を調べていた。責任者らしい鑑識官が、地下の食糧貯蔵庫と倉庫を調べて撮影している、と佐伯に報告した。
「これだと、僕たちの出番はないね・・・」
 佐介と真理は調理台の周りの椅子に座った。
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