二十三 悲鳴

文字数 1,447文字

 午後七時。
 二階大広間の夕食の席で、山本刑事は、これまでの事情聴取にも山田勇作の遺品にも、死因につながる新たな情報が無かった事を佐伯に報告し、ひきつづき事情聴取すると伝えた。山本刑事と只野巡査は奥山館に宿泊する予定だった。

 夕食の席で話しているのは佐伯たちだけだ。九十名ほどの宿泊客が食事しているが、話し声は無い。異様に静かだ。死亡事件が起こったばかりだから無理はない。
 今のところ佐伯は、山田勇作の死亡を事故死とは断定していない。その事が殺人事件だと想像をかき立てるからこの状況なのだろう。本来なら今晩は山田勇作の通夜である。それに関係者の不信感が重なり、異様な静けさで夕食が終った。


「ギャアーッ!」
 食後。真理たちが大広間をでようとした時、階段から悲鳴が響いた。
「なんだっ!?」
 階段へ駆けつけた佐伯と真理たちと撮影スタッフは、三階から四階への階段に座りこんでいるモデル、甲斐ソレアと麻生玲香の二人を見た。
「すみません。あたしが階段を踏みはずしたんです。怪我はありません。支えてもらったから・・・。ありがとう。玲香。腕を爪で引っ掻いちゃったね・・・」
 甲斐ソレアは階段に座り、右足首をさすっている。
「皆さん。お騒がせしてすみません。だいじょうぶです。怪我はありません。捻挫もありませんから・・・」
 麻生玲香が甲斐ソレアを抱き起こしながら何度も頭をさげている。玲香の右腕に、ソレアを支えた時に爪で引っ掻かれた傷がある。

 Marimuraの新作発表する商品は袖の長い物ばかりだ。新作発表用の画像撮影で腕が撮られるとしても化粧でごまかせる・・・。でも、なぜエレベーターを使わないのだろう?モデルにとって階段の落下はモデル生命の危機だ。なのに二人はそんな事を気にしていない。なぜ階段を登った?OfficeMarimuraのスタッフは、なぜそれを許した?いやそうじゃない。なぜ、誰も注意しなかった・・・。一瞬のうちに、真理はそう思った。

「撮影関係者の皆さんは、いったん部屋へ戻ってください。
 そして、スタッフ全員がいるか、確認してください。
 誰かいなかったら、私に連絡してください。
 今後、誰かがいなくなった場合もです」
 佐伯は、集まっている撮影関係者に自室の電話番号を伝え、真理と佐介と山本刑事たちを呼んだ。
「佐介さんたちと山本刑事たちは私の部屋に来てください・・・」


 三階の佐伯の部屋に入ると佐伯が真理たちと山本刑事たちにいった。
「階段での出来事、どう思います?」
「偶然ではないでしょう」と佐介。
「やはりそう思いますか」と佐伯。
「うん。エレベーターがあるのに妙だね」と真理。
「なんの事?」
 佐伯の妻の良子は何の事かわからない。

「ところで、河原の現場に遺留品はありましたか?」
 佐介は山本刑事にそう訊いた。
「何もありません」
 山本刑事はメモを見て確認している。
「ドキュメントチームがあの現場を望遠で撮影してればいいのにな・・・」と真理。
「現場の記録か・・・。河川の監視カメラで、この川の水位を記録してますよね」
 そういって佐介が只野巡査を見た。
「ええ、一級河川の源流です。水位を記録してるはずです」と只野巡査。
「その記録に、人が映っていないか調べられますか?」と佐介。
「そうですね。手配しましょう。この奥山館内の監視カメラも調べましょう」
 佐伯はその場から地元警察署へ連絡して、河川の監視カメラと奥山郷の監視カメラに不審者が映っていないか調べて、佐伯のタブレットパソコンに結果を送るよう手配した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み