三十三 容疑者
文字数 2,359文字
朝食がすんで客室屋に戻った。
奥山事件当時、宗谷慎司の双子の妹は四歳か五歳だ。二人だけで被害を逃れたとは考えにくい。誰かが二人を保護したはずだ。奥山村内で保護したなら記録に残るのに、実際は何一つ記録が残っていない。
信州信濃通信新聞社のデータベースには、事件後の遺体確認で村人が証言した二つの事項、『二人の妹がいない』と『雨の中、子供を背負った人影を見たような気がする』によるものだ。証言が正しければ、事件当夜、二人の妹は誰かに助けられて村をでた事になる。
奥山村から一番近いのは奥山温泉だ。しかも奥山館がもっとも奥山村に近く、当時は奥山村出身者が経営していた。ここに妹たちが逃げこんだなら、経営者は驚くと同時に、郷里を汚した者たちを恨んだにちがいない。そして報復を決意した。殺害の連鎖か・・・。
真理の目に涙が溢れて視界が霞んだ。真理は佐介に気づかれないよう涙を拭った。
「伯父さんたちは、まだ、事情聴取してるだけだよな?」
「そうだよ。表向きは撮影スタッフと従業員全員のアリバイが成立してる。
佐伯さんは、殺害が実証されない限り、誰も容疑者扱いしないだろうね」
佐介は佐伯の性格を考えている。
二人が話していると、ドアをノックする音がして、
「佐伯です。入りますよ」
佐伯が部屋に入って、座卓に向かって座った。
「伯父さん。容疑者は先代の経営者だよね?」
真理はお茶をいれて佐伯の前の座卓に置いた。佐伯は真理に微笑んでお茶を手に取った。
「皮膚片の鑑定と被害者保護プログラムの実態が判明する前に、よくおわかりですね」
「皮膚片のDNAが誰のものか、わかったんですね?」
佐介は佐伯の表情を確認した。佐伯は嘘のつけない性格だ。
「ええ、皮膚片のDNAは奥山支配人の親族のものでした。
先ほど支配人の父親の奥山渓二郎を確認したところ、腕に傷がありました。奥山渓二郎から遺伝子サンプルを採取して鑑定にまわしました。
今、逮捕状を請求してます。まもなく奥山渓二郎を警察の監視下に置きます。
被害者保護プログラムの実態が判明しました。
奥山事件の際、奥山村から逃れた二人の妹の現在の名は、麻生玲香と甲斐ソレアです。
二人を連れて逃れたのが、宗谷慎司の母方の叔母で、現在の名は鞠村まりえ。
三人を保護したのが奥山館の先代経営者の奥山渓二郎夫妻です。
被害者保護プログラムを進めたのが弁護士の谷村太郎。現在、こちら選出の国会議員です。彼はアドイベント企画の創設と、刑務所出所者に対する就労支援企業の増設にも尽力しました・・・・。
鞠村まりえも、警察の監視下に置きます」
「僕らは、どうしたらいいですか?」
佐介は何か考えている。多数の容疑者がいるのを懸念している。
「交通規制と報道規制を布きました。国会議員も含め、関与者が多数と予想されますから、容疑者の逃亡阻止と取材陣を規制するためです。
報道関係者は表立って取材できなくなります。一般客が、何気なく撮影する事に規制は無いはずです」
佐伯は真理と佐介に目配せしている。
「客はどうなるんですか?」と真理。
「ここは従業員不足で、食事がでなくなる可能性があります。その時は民宿へ移ってもらうしかありませんね」
佐伯は心苦しそうな表情だが事務的にそういった。
佐伯の通信機に連絡が入った。ヘッドセットを装着すると、山本刑事が、
「佐伯刑事。巡査の配置を完了しました。奥山渓二郎夫妻の身柄を確保しました」
と伝えてきた。
「わかりました。鞠村まりえを連行してください。応じなければ、現状のまま警察の監視下に置くと伝えてください」
「了解しました。連行後、連絡します」
通信が切れた。
「連行といいましたが、奥山渓二郎さんの自宅、旧館の一室を捜査本部にお借りしました。
あの奥山温泉の狭い駐在所に捜査本部を設置するわけにゆきません。最寄りの管轄の警察署まで五十キロ以上離れてます」
現在の奥山館の経営者は支配人の奥山誠だ。温泉旅館だった旧奥山館の一部が奥山誠支配人の自宅であり、先代経営者の奥山渓二郎の自宅でもある。現在も旧奥山館は旅館として機能している。宿泊客が多い場合、旧奥山館を使用するという。
「先代経営者の奥山渓二郎夫妻と鞠村まりえは、警察の監視下で旧奥山館に留まってもらいます。さあ、取り調べです。行きましょうか」
佐伯は佐介と真理に同行を促している。
「僕らが同席してもいいんですか?」と佐介。
「本間本部長から、お二人の意見を聞くように指示されてます。
実は、私が、そう指示するよう、本部長を説得しましてね。
発言せずに同席してください。新聞記者といわずに今までのようにふるまってください。
報道は警察の許可がでてからですよ」
また佐伯が笑顔で真理に目配せした。
「実は、おふたりの意見を聞きたいのが私の本音なんです・・・」
長野県警の本間宗太郎本部長は『麻薬取締官大麻事件』を解決に導いた佐介と真理の洞察力を認めている。今回、真理の知らないところで、佐伯は佐介から容疑者を確定する助言を受けていたらしい。
「犯行の物証は?」と佐介。
「奥山渓二郎の腕の傷と、古い制服の袖についた新しい引っ掻き傷です。
本人が犯行の一部を認めてますから、遺伝子サンプルの鑑定で、犯行が確実になるはずですが、いまひとつ、何かが欠けています・・・」
佐伯は何かを気にしている。
「わかりました。佐伯さん。同席させてください。
取り調べを録画しますよね。モニターがあればそれを見ているだけでもいいです」
と佐介。
「いいえ、同席してください。
実証できるのは、奥山渓二郎が福原富代と屋上にいた事実だけで、殺害を実証する決め手がありません。おふたりの意見を聞く事があるはずです」
「わかりました」
佐介と真理は取り調べの同席に同意した。
奥山事件当時、宗谷慎司の双子の妹は四歳か五歳だ。二人だけで被害を逃れたとは考えにくい。誰かが二人を保護したはずだ。奥山村内で保護したなら記録に残るのに、実際は何一つ記録が残っていない。
信州信濃通信新聞社のデータベースには、事件後の遺体確認で村人が証言した二つの事項、『二人の妹がいない』と『雨の中、子供を背負った人影を見たような気がする』によるものだ。証言が正しければ、事件当夜、二人の妹は誰かに助けられて村をでた事になる。
奥山村から一番近いのは奥山温泉だ。しかも奥山館がもっとも奥山村に近く、当時は奥山村出身者が経営していた。ここに妹たちが逃げこんだなら、経営者は驚くと同時に、郷里を汚した者たちを恨んだにちがいない。そして報復を決意した。殺害の連鎖か・・・。
真理の目に涙が溢れて視界が霞んだ。真理は佐介に気づかれないよう涙を拭った。
「伯父さんたちは、まだ、事情聴取してるだけだよな?」
「そうだよ。表向きは撮影スタッフと従業員全員のアリバイが成立してる。
佐伯さんは、殺害が実証されない限り、誰も容疑者扱いしないだろうね」
佐介は佐伯の性格を考えている。
二人が話していると、ドアをノックする音がして、
「佐伯です。入りますよ」
佐伯が部屋に入って、座卓に向かって座った。
「伯父さん。容疑者は先代の経営者だよね?」
真理はお茶をいれて佐伯の前の座卓に置いた。佐伯は真理に微笑んでお茶を手に取った。
「皮膚片の鑑定と被害者保護プログラムの実態が判明する前に、よくおわかりですね」
「皮膚片のDNAが誰のものか、わかったんですね?」
佐介は佐伯の表情を確認した。佐伯は嘘のつけない性格だ。
「ええ、皮膚片のDNAは奥山支配人の親族のものでした。
先ほど支配人の父親の奥山渓二郎を確認したところ、腕に傷がありました。奥山渓二郎から遺伝子サンプルを採取して鑑定にまわしました。
今、逮捕状を請求してます。まもなく奥山渓二郎を警察の監視下に置きます。
被害者保護プログラムの実態が判明しました。
奥山事件の際、奥山村から逃れた二人の妹の現在の名は、麻生玲香と甲斐ソレアです。
二人を連れて逃れたのが、宗谷慎司の母方の叔母で、現在の名は鞠村まりえ。
三人を保護したのが奥山館の先代経営者の奥山渓二郎夫妻です。
被害者保護プログラムを進めたのが弁護士の谷村太郎。現在、こちら選出の国会議員です。彼はアドイベント企画の創設と、刑務所出所者に対する就労支援企業の増設にも尽力しました・・・・。
鞠村まりえも、警察の監視下に置きます」
「僕らは、どうしたらいいですか?」
佐介は何か考えている。多数の容疑者がいるのを懸念している。
「交通規制と報道規制を布きました。国会議員も含め、関与者が多数と予想されますから、容疑者の逃亡阻止と取材陣を規制するためです。
報道関係者は表立って取材できなくなります。一般客が、何気なく撮影する事に規制は無いはずです」
佐伯は真理と佐介に目配せしている。
「客はどうなるんですか?」と真理。
「ここは従業員不足で、食事がでなくなる可能性があります。その時は民宿へ移ってもらうしかありませんね」
佐伯は心苦しそうな表情だが事務的にそういった。
佐伯の通信機に連絡が入った。ヘッドセットを装着すると、山本刑事が、
「佐伯刑事。巡査の配置を完了しました。奥山渓二郎夫妻の身柄を確保しました」
と伝えてきた。
「わかりました。鞠村まりえを連行してください。応じなければ、現状のまま警察の監視下に置くと伝えてください」
「了解しました。連行後、連絡します」
通信が切れた。
「連行といいましたが、奥山渓二郎さんの自宅、旧館の一室を捜査本部にお借りしました。
あの奥山温泉の狭い駐在所に捜査本部を設置するわけにゆきません。最寄りの管轄の警察署まで五十キロ以上離れてます」
現在の奥山館の経営者は支配人の奥山誠だ。温泉旅館だった旧奥山館の一部が奥山誠支配人の自宅であり、先代経営者の奥山渓二郎の自宅でもある。現在も旧奥山館は旅館として機能している。宿泊客が多い場合、旧奥山館を使用するという。
「先代経営者の奥山渓二郎夫妻と鞠村まりえは、警察の監視下で旧奥山館に留まってもらいます。さあ、取り調べです。行きましょうか」
佐伯は佐介と真理に同行を促している。
「僕らが同席してもいいんですか?」と佐介。
「本間本部長から、お二人の意見を聞くように指示されてます。
実は、私が、そう指示するよう、本部長を説得しましてね。
発言せずに同席してください。新聞記者といわずに今までのようにふるまってください。
報道は警察の許可がでてからですよ」
また佐伯が笑顔で真理に目配せした。
「実は、おふたりの意見を聞きたいのが私の本音なんです・・・」
長野県警の本間宗太郎本部長は『麻薬取締官大麻事件』を解決に導いた佐介と真理の洞察力を認めている。今回、真理の知らないところで、佐伯は佐介から容疑者を確定する助言を受けていたらしい。
「犯行の物証は?」と佐介。
「奥山渓二郎の腕の傷と、古い制服の袖についた新しい引っ掻き傷です。
本人が犯行の一部を認めてますから、遺伝子サンプルの鑑定で、犯行が確実になるはずですが、いまひとつ、何かが欠けています・・・」
佐伯は何かを気にしている。
「わかりました。佐伯さん。同席させてください。
取り調べを録画しますよね。モニターがあればそれを見ているだけでもいいです」
と佐介。
「いいえ、同席してください。
実証できるのは、奥山渓二郎が福原富代と屋上にいた事実だけで、殺害を実証する決め手がありません。おふたりの意見を聞く事があるはずです」
「わかりました」
佐介と真理は取り調べの同席に同意した。