十三 借金未返済殺人事件⑤ 炉端焼き

文字数 1,268文字

 二〇〇六年八月三日、木曜、夜。
「金が貯まったんだ。利息分も上乗せする。金を返すから、明日の夕方七時に会ってほしい。場所は、恵比寿の・・・」
 関口虎雄は渋谷区恵比寿の炉端焼き「漁り火」に宗谷慎司を呼びだした。

二〇〇六年八月四日、金曜、雨の午後七時。
 炉端焼き『漁り火』で、関口虎雄と山田勇作、福原富代、宗谷慎司の四人は小座敷にあがった。
「遅くなって、すまなかった。百十万ある。人目があるから気づかれないように見てくれ」
 三人は宗谷慎司を囲んで礼をいって、札束が入った厚い封筒の中を宗谷慎司に見せた。全て本物の一万円札だ。
「もっと早く返してくれれば、また、貸してやれたんだ・・・」
 宗谷慎司は封筒を麻のジャケットの内ポケットに入れながら、思い詰めたようにそういった。先日話した腹いせの一言を詫びねばならない・・・。
「このあいだは、富代に、金を作れ何ていって悪かった。
 この通りだ・・・」
 宗谷慎司は畳に額をすりつけて三人に謝った。
「また金が必要な時は話してくれ。都合がつく限り融通する」
 ふたたび宗谷慎司は畳に額をすりつけた。

「ありがたい事をいってくれるぜ・・・。だが、もう借りる事はねえよ」
 俺たちもいろいろ勉強した。もう借りる事はねえ。おめえが金を貸す事もねえ。富代は売春するような女じゃねえ。富代や俺の名誉を汚す事を口にして、後で詫びても手遅れだ。お前が余計な事をいうからだ。全てお前が招いた結果だ・・・。
 山田勇作は借金を期日までに返さなかった事と、宗谷慎司と宗谷慎司の家族にしてきた数々の嫌がらせと虐めを棚にあげて、これからの犯行を心の内で自己弁護し、苦々しい思いで宗谷慎司にビールを勧めた。
「まあ、飲め。明日は休みだ・・・」
「そうだぜ。飲んでくれ。富代、追加注文してくれ」
 関口虎雄は無表情の顔で宗谷慎司にビールを勧めて、福原富代にビールや酎ハイを追加注文させた。

 たてつづけに三人からビールや酎ハイを勧められ、宗谷慎司は急速に酔いがまわった。腹いせの言葉を詫びて、宗谷慎司はこれまでの三人の素行の悪さを忘れ、気が大きくなっていった。懐には戻ってきた百万の他に利息の十万が増えている。この後、三人に奢っても、どうせ元はこいつらの金だ・・・。
「もう一軒、行こう!もう、いっけん、いこう。オレがおご・・・」
 後半の言葉をしゃべらぬうちに、宗谷慎司は座卓へ酔い潰れた。
「どうしよう?」
 福原富代は、いかにも心配そうに宗谷慎司を畳に寝かせ、山田勇作を見た。
「しばらく寝かせて、連れて帰ろう」
 山田勇作は友人らしい態度を示している。
「疲れてるんだろうな。忘れ物をしないように、確認してやれよ」
 関口虎雄は先輩風を吹かせるように助言している。
 しばらくすると、
「富代、支払いを頼む。オレたちはこいつを連れてく」
 関口虎雄は財布を福原富代に渡した。
 福原富代が支払いをすませる間に、山田勇作と関口虎雄は宗谷慎司に靴を履かせて、炉端焼き「漁り火」から、降りはじめた雨の中へ宗谷慎司を連れだした。
 宗谷慎司は荷物を何も持ってきていなかった。
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