二 説明① カメラリハーサル

文字数 1,651文字

 昨日、七日土曜、夕刻。
 奥山郷、奥山温泉の奥山川の河原にある特設野外ステージで、カメラマン秋山秀一は二人のモデルにポーズをとらせた。
「はい、こっちへ移動して。そこでポーズ」
 広さはおよそ百平方メートル、高さ六メートルほどの特設野外ステージは三方向に落下防止フェンスがあるが、奥山川の対岸にある柱状節理の岩壁側だけフェンスが無い。床と平行に二メートル幅で落下防止ネットが水平に張られている。モデルやスタッフをステージの端へ寄らせるわけにゆかない。

「ヤマさん、フクちゃん、安全確保、頼むよ。セキさん、照明、寄せて!」
 秋山秀一に指示され、山田勇作と福原富代はステージの端に寄った。床から伸びた腰の高さの支柱先端にある滑車に通されたロープを腰から背中と肩へまわしてロープを握りなおした。モデル二人がステージの端に寄ったら、ロープに繋がっているもう一枚の落下防止ネットを張りつめ、それ以上進めないようにするためだ。
 こうする理由はステージ後方の奥山川対岸の岸壁にあった。岩壁は幅が約三十メートル、高さが四十メートルほどの玄武岩の柱状節理だ。撮影にはこの岸壁を背景にした画像が欠かせないため、落下防止ネットをステージの床より上に張れない。
「あと一時間撮影したら終了しよう」
 秋山がスタッフにカメラリハーサル終了時刻を伝えた。

 太陽が奥山渓谷の山の端に隠れた。野外ステージがある奥山川の河原は陽光が陰った。完全に夜が訪れるまで三時間ほどしかない。それ以後は撮影用の強い照明に昆虫が集まり、撮影にならない。いや、そうでないかもしれない。モデルとともに昆虫がステージに飛びかうのも悪くない・・・。
 秋山がそう思っていると、強い照明に雌のカブト虫が飛びこんだ。秋山は、強い陽射しを遮るナラやブナの梢に昆虫を追った、小学時代の夏休みを思いだして含み笑いした。
「先生・・・、どうしたんです?」
 モデルの一人がポーズを崩して照明をさけた。
「小休止だ!カブト虫が・・・」
 秋山がメスのカブト虫を示すと、そのメスに惹かれるように、次々に雄のカブト虫が飛びこんだ。現在、午後四時だ。
 昆虫採集など過去に関係する事を口にできない。早く撮影をすませ、この二人と会わないようにしなければならない・・・。秋山秀一はそう思った。

 二人のモデルはコスメティック担当に駆けよった。扇風機に向かったまま汗を拭いてもらい化粧を直してもらっている。モデルの背後に、ドキュメント撮影スタッフとともにMarimuraの社長の鞠村まりえがいる。それにしてもこんな現場まで来るとは、いったいなんて女だ・・・。秋山はそれとなく、モデルの背後にいるドキュメント撮影スタッフの中の鞠村まりえを見た。

 周囲が暗くなった。山の端で陽射しが陰ったにしては暗い・・・。秋山は空を見あげた。雲行きが怪しい・・・。
「雨になりそうだから、今日はここまでにする!」
 機材はもちろん、モデルや衣装、クライアントを雨に濡らせない。ステージの隅に機材を格納する頑丈なプレハブ小屋がある。本来ならここに機材を格納するのだがステージは河原にある。雨天で増水すればステージごと流される可能性がある。貴重な機材は旅館へ運ばねばならない。OfficeMarimuraのスタッフが衣装を運んで、奥山川の東岸にある奥山館へ急いだ。ドキュメントチームと秋山事務所のスタッフは機材を運んだ。

 撮影スタッフが機材を奥山館へ運び終えた。秋山は柱状節理の岸壁を見た。
 一昨日八月五日に現場入りした。昨日八月六日から、リハーサルといながら、すでに撮影している。リハーサルの言葉だけで関係者の妙な緊張が抜け、自然な表現がアングルに納められる。打ち合せの場面やくつろぐ場面もある。モデルは衣装を着けたままだから、思っても見ない画像が撮れる。ドキュメンタリーにリハーサルはない。ドキュメントチームはここに到着してからずっと撮影している。撮影自体に問題はない。良い物が撮れそうだ。ドキュメントのスタッフもそう話していた。
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