十九 奥山事件③ 斬殺

文字数 1,817文字

 雨の音で政則は目覚めた。
 雨か・・・。いつのまにかテーブルに突っ伏したまま眠てた・・・。政則はウィスキーをグラスに注ぎ、いっきに飲み干した。何回かくりかえすうちに、ボトルが空になった。
 ビールは水っぽくて腹に溜る。トイレが近くなって、いざという時に漏らしたら、いい笑い者だ・・・。そんな事を考えながら台所の照明を消し、裏口に用意した長靴を履いて外へでた。

 政則は軒下を歩き、母屋の正面にある廂つづきの野菜集荷場へ行って、物置の照明を点けた。電力会社の契約は今月いっぱいだ。あと半月、電気を使える。水道は自前の井戸水だ。
 物置の棚から鞘に入った鉈を取って腰に着けた。さらに、鞘に入った刃渡りの長い細身の鉈を取って作業台に置き、タバコに火を点けた。酒も煙草も父親を見よう見真似で十二歳からやっている。
 深呼吸するように煙草を吸った。大きく三回吸いこむとタバコを吸いつくした。政則はまたタバコに火を点けた。つづけて三本吸った。胸が痛くなったが気にしなかった。
 タバコを吸いながら、山菜を詰める小さめのポリ袋にタバコとライターを入れ、履いている作業ズボンの腰ポケットに入れた。これで、外へでてもタバコは濡れない・・・。
 タバコを吸い終った。政則は作業台の細身の鉈の鞘を払って柄を握った。照明を消して、ふらつく足取りで物置をでて、集荷場から戸外の雨の中へでていった。


 雨の中、政則は外灯を目指して村道を歩いた。辺りはレタス畑で視界を遮る物はない。福原政則の家と宗谷慎司の実家は数百メートル以上離れている。

 三日前、宗谷慎司の一周忌はすんでいた。
 宗谷家の庭の横に村道があり、街灯が付いた電柱が立っている。その街灯が庭に侵入した福原富代の弟の政則を照らした。宗谷家の庭に入った政則はぬかるんだ庭を歩いた。雨音で雨水を撥ねる足音はかき消えた。政則は手に鉈を持っている。腰にもう一本ある。政則の目的ははっきりしていた。
 政則は軒下へ近づいた。庭に面した雨戸の隙間へ細身の鉈の刃をこじ入れて、音を立てぬように雨戸を外しはじめた。多少の音は雨音で消えた・・・。

 雨戸が外れた。ガラス戸は施錠されていない。政則はガラス戸を引き開けて、長靴のまま廊下にあがった。あがりこんだのは宗谷家の茶の間の外廊下だ。政則は障子戸を開けた。いつもはここに誰もいないはずだが、宗谷慎司の弟二人と妹が布団に寝ていた。
 ガラス戸が開いた物音と雨音で、子供たちが寝ぼけ眼で起きあがった。政則は仁王のような形相で三人に近づき、次々に三人の首を鉈で叩き切った。三人の首から血が噴きでた。三人は呻き声をあげて布団に倒れた。

 茶の間の異変に気づき、茶の間につづく居間の向いの二つの寝室から、宗谷慎司の両親と祖父母が起きてきた。政則は茶の間の引き戸の陰に隠れ、現れた両親の首を鉈で叩き切った。父親の首から血が噴きだして、呻き声を発して倒れた。母親は切られた首を押さえて悲鳴をあげた。 政則はもう一度母親の首を叩き切った。母親の指が撥ね飛び、絶叫とともに首から血が噴きだし、母親はその場に崩れ落ちた。茶の間の光景を見た祖父母は腰を抜かした。返り血を浴びた政則は凄まじい形相で、動けなくなって悲鳴をあげている祖父母の首を叩き切った・・・。

 事態は呆気なく終った。政則は茶の間から廊下へ行き、靴脱ぎ石の上に立った。屋根から落ちる雨水に両手を差し伸べ、血だらけの手を雨水で洗い流した。
 雨水で血が流れると、鉈の柄を握ったまま硬直している右手が現れた。右手だけで指の力を緩めようとするが硬直した手は開かない。左手の指で剥がすように硬直した右手の指を親指、人差指、中指、薬指と鉈の柄から一本ずつ引き起した。鉈が右手を離れ、ガシャッと音を立てて靴脱ぎ石に落ちた。
 雨水でさらに手を洗い、作業ズボンの汚れていない部分で手を拭いた。廊下に座りこんで、ズボンの腰ポケットからタバコを取りだして火を点け、大きく煙を吸いこんだ。物置で感じた胸の痛みはない・・・。ウィスキーを一本飲んだのに、酔っている感じもない・・・。
 ふと、横を見た。腰にあるはずの鉈が血まみれで廊下に落ちている。その先の暗がりに、もう一人、倒れていた。政則は腰を浮かせ、倒れているもう一人に近寄った。首を切られて倒れている男は、政則自身だった。同時に、政則の意識が消え、吸っていたタバコが縁側から雨に濡れた靴脱ぎ石の鉈の上に落ちて火が消えた。
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