三十八 鞠村まりえ

文字数 1,741文字

 午前十時すぎ。
 佐伯は鞠村まりえから事情聴取した。
「さて、鞠村さん。奥山事件について話してください」
 佐伯は山田勇作と福原富代の死亡時のアリバイについて鞠村まりえに質問しなかった。
「はい。慎司は姉の息子です。あの日は慎司の一周忌で、私は宗谷家にいました・・・・」
 鞠村まりえは説明した。


 十五年前、二〇〇六年の夏。
 宗谷慎司殺害の罪で山田勇作、福原富代、関口虎雄が逮捕され、翌年、二〇〇七年二月、三人は十五年の実刑になった。
 その翌年、二〇〇七年。
 加害者三人の実家は地元の人々から村八分にされ、関口虎雄、山田勇作の家族が奥山村を離れた。

 二〇〇七年八月半ば。
 福原富代の家族が奥山村を離れたその日、夕刻から激しい雨になった。
 この日の三日前から、本山まり子は宗谷慎司の一周忌で奥山村の宗谷家にいた。
 夜、外で物音がした。二階にいたまり子は照明を点けずにカーテンを開けて外を見た。雨の中を人影が庭に入って来るのが見えた。庭の横に村道があり、電柱が立っている。その外灯が庭に侵入した男を照らしていた。男は福原富代の弟の政則だった。まり子は政則の顔を知っているが、政則は私を知らないだろうと思った。
 五年前に姉の双子の娘が生まれた時、遠目に政則を見たまり子は姉から、福原富代の弟の素行の悪さを聞かされていた。
 今、その政則が鉈を持って庭に侵入している。まり子の鼓動がいっきに激しくなった。政則の素行の悪さを思うと、目的ははっきりしている。まり子は階下の姉夫婦に知らせようと思った。

 その時、庭に面した雨戸が外れる音と、ガラス戸が開く音がして、雨音が階下に聞こえた。同時に階下にうめき声が響き、つづいて絶叫が響いた。
 まり子の鼓動はさらに激しくなった。心臓が口から飛びだしそうだ。子供たち!物音を立てないで!目を覚まさないで!
 階下から悲鳴が響く中、まり子は眠っている双子の姪を和服の帯で背負った。重い。まり子は必死だった。手早く布団をたたんで、誰もいなかったように部屋の隅へ寄せた。
 子供たちは一度眠ったらなかなか目を覚まさないと姉がいっていた。たしかに、階下の絶叫にも目覚めない。良かった・・・。
 耳に鼓動が激しく響く。血液が顔に集まってくる。目の前に星が飛びかうような気がする。吐きそうだ。吐くわけにゆかない・・・。
 まり子は音を立てずに二階の窓から一階の屋根へでて窓を閉じた。
 雨で屋根は滑る。二階の軒下は濡れが少ない。階下の悲鳴が耳に残っている。
 一階の屋根を二階の壁にそって庭と反対側へまわった。
 二階の廂の下に身を寄せ、これからどうするか考えるが耳に鼓動が激しく響き、目の前に星が飛びかう。恐怖と興奮と緊張で考える事ができない。何とかしなきゃ・・・。何とかしなきゃ・・・。何とか・・・。

 どうやって屋根から降りたか記憶が無かった。
 気がつくと、素足のまま奥山館の玄関の戸を叩いていた。
 奥山館に客はいなかった。
 経営者夫婦はまり子の話を聞いて、ただちに警察へ連絡し、まり子たちを匿ってくれた。
 警察に保護された後、報道から、家族全員が斬殺されて加害者が自殺したのを知った。まり子と双子の姪は七人の身内を無くした。

 その後。
 警察と弁護士により、加害者家族からの報復を考慮してまり子たち三人は別人として暮す事になった。そして、地元は過疎化し、誰も住まなくなり、墓だけが残った。

 慎司を殺害した三人が服役して十五年がすぎた頃。
 成長した双子の二人が、得体のわからない男から尾行されるようになった。
 まり子は、加害者三人が模範囚として刑期を十年で終えたのを知った。
 双子の二人を尾行したのは、秋山事務所の秋山秀一が雇った私立探偵だった。


 鞠村まりえの供述は、奥山渓二郎が鞠村まりえについて語った事と一致していた。
 八月八日、日曜、午後十時すぎに、五階の個室にいる鞠村まりえの注文で、奥山誠支配人はインターホンでルームサービスに、用意してあるブランデーとスモークチーズとチョコレートを、五階の鞠村まりえの部屋へ届けるように指示している。届けたのは村田客室係だ。福原富代の殺害に、鞠村まりえは関与していないと思えるが、全員でアリバイ工作していれば、鞠村まりえの関与は不明だ・・・・。
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