四十 証言①

文字数 2,247文字

 八月年八日、日曜日、午前。
 奥山渓二郎は旧『奥山館』の広間の窓辺に立っていた。
 吊り橋を渡った対岸の国道から河原へ下りる青のレインウェアが見えた。双眼鏡で確認すると山田勇作だった。奥山渓二郎は急いで灰色のレインウエアを着て外へでた。

 本流の奥山川と支流の岩魚川が合流する奥山川の河原に、撮影用の特設野外ステージがある。特設野外ステージへ行くには、奥山川の対岸へ国道の吊り橋を渡り、観光客用の階段で河原へ下りて、現場運営スタッフが作った仮設橋を渡らねばならない。
 吊り橋の上に傘を差した観光客が何人か川を見ている。吊り橋を渡った国道からも、観光客が奥山川対岸にそびえ巨大な柱状節理の岩壁を見ている。川が増水しているため、国道から河原へ下りる者はいない。
 奥山渓二郎は吊り橋を渡り、本流の奥山川沿いに国道をさかのぼった。漁業監視員と河川監視員の奥山渓二郎は奥山川を知りつくしている。奥山川が増水しても浅瀬はわかっている。奥山渓二郎は上流から河原へ下りて特設野外ステージの上流側へまわった。

 仮設橋を渡った山田がステージに立った。雨でステージが滑るらしく、ゆっくり歩き、柱状節理の岸壁側の河原を見おろしている。
 その頃。
 奥山館四階の客室から、秋山秀一はステージを見ていたが、昨夕、撮影現場の照明に飛びこんできたカブト虫を思いだして想像の世界に没頭し、ステージの山田勇作を見逃した。

 ステージの床は雨水を含み、想像していた以上に滑った。注意したつもりだったが、山田勇作は、
「オッ!」
 ステージで滑り、転ばぬように踏んばったが、
「トットットッ・・・」
 反動でバランスを崩してステージの端に転倒した。
「なんてこった・・・」
 起きあがると、じっとステージ下にある河原の大石を覗きこみ、
「ここに来たって事は、やっぱり潮時か・・・・」
 つぶやきながらステージの中ほどまで退いた。
 ステージでつぶやく山田勇作の声は、増水した川の水音で、ステージの上流側の大石の陰にいる奥山渓二郎には聞えなかった。山田勇作は何をするのだろう・・・。

 山田勇作はその場で何度か足踏みすると、助走してステージの端でジャンプし、走り幅跳びするように落下防止用ネットを跳び越えた。その姿は、高い樹木の樹冠から飛翔する鷹のように見え、奥山渓二郎は思わず大声で、 アァッ!と叫びそうになった。
 次の瞬間、増水した奥山川の水音にまじって、グシャッ!と鈍い音が聞こえた。
 目の前で展開した光景に驚き、奥山渓二郎は落下した山田勇作を見ようとしたが、大石に隠れて見えなかった。周囲を見たが、雨が強くなったため、吊り橋にいた観光客はすでに立ち去り、現場を見ていたのは奥山渓二郎だけだった。
 吊り橋に設置された監視カメラは、橋脚に設置されている水位計を撮影している。河原の人影は撮影していない。たとえ誰かが奥山館から山田勇作の行動を見たとしても、ステージが影になって、ステージから河原へ落下する山田勇作の姿は見えなかっただろう。

 なぜだ!なぜ、山田勇作はステージから飛び降りた?
 奥山渓二郎の記憶に、高い樹木から飛翔する鷹のような山田勇作の残像が残っていた。
 これから計画をどう進める?
 山田勇作は、なぜ、飛び降りた?
 奥山渓二郎はいろいろ考えたが、結論はでない。
 あと二人だ。計画を実行するしかない・・・。
 奥山渓二郎は山田勇作の生死を確認せずに、来た道を戻った。


 午後。
 奥山館の支配人を務める息子の奥山誠から、旧奥山館にいる奥山渓二郎に連絡が入った。
「山田勇作がステージから転落死した。警察が事故と事件の両面から捜査を始めた」
 捜査を指揮するのは、夏の休暇で奥山館に宿泊している県警の佐伯刑事(警部)だ。地元警察署の山本刑事と只野巡査が奥山館に宿泊して捜査をつづける。

 午後七時前。
 奥山渓二郎は打ち合せどおり、旧奥山館から奥山館のフロントを装って福原富代の部屋へ電話した。
「七時から夕食です。二階大広間においでください。
 福原富代さんはいらっしゃいますか?」
「あたしが福原富代です」
「山田勇作さんの死について情報があります。今夜十時に非常階段から屋上へ来てください」
「わかりました」
 福原富代は質問しなかった。なぜ福原富代は山田勇作の事を訊かない?同室者に聞かれてはまずいのか?いや、福原富代は山田勇作の飛び降りの原因を知っているらしい。何だろう?いや、今は、計画だけを考えよう・・・。
 奥山渓二郎は、山田勇作の飛び降り自殺の疑問を頭の隅へ追いやり、関口虎雄に関する計画をもう一度確認した。

 毎晩九時から十時すぎまで関口虎雄は器具点検している。
 午後九時から十時半すぎまで、息子が全ての監視カメラを停止する。
 九時半すぎに、地下の倉庫へ行き、
「電源ケーブルの被覆が取れないので旋盤に接続できないから、被覆を剥いでほしい」
 と関口虎雄に頼み、
「プラグを抜いてあるか?」
 と問われたら、外してあるボール盤のプラグを見せる。
 関口虎雄が被覆を剥いで銅線を握った時スイッチを入れて、感電させる。
 その後、食糧貯蔵庫から従業員用のエレベーターで五階へ移動し、従業員用階段を登って、合鍵で屋上のドアを開けて屋上へでる。
 すでに食糧貯蔵庫のドアは、料理長に頼んで開錠してある。
 夜十時に、福支配人が駐車場のドアから通路に入り、その場で悲鳴をあげて、ドアを施錠して休息室へ戻る。
 副支配人は予備の鍵を持っているが、もしもの場合を考えて、作った合鍵を渡してある。
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