二十二 被害者保護

文字数 3,308文字

 八月八日、日曜、夕刻。
 奥山館三階客室で、真理は、借金未返済殺人事件と奥山事件の詳細な説明を読み終えた。

「三人は、この宗谷慎司の一言、『富代、お前が身体を売ってでも、金を作れ!勇作、虎雄、お前ら、大学で、金払いのいい相手探してやれ!』が許せなかったといってる。
 宗谷慎司の捨て台詞が三人を殺人者にしたように思えるけど、三人は借金を返済する気は無かった。宗谷慎司を邪魔者と思ってた。宗谷慎司の捨て台詞が、三人を殺人者にしたとはいえねえぞ」
「そうだね。
 加害者たちは借金を返すつもりだったと裁判で証言してるが、加害者たちがほんとうに借金を返済する気があれば、宗谷慎司を殺害しなかったはずだ」と佐介。
「借金未返済殺人事件が奥山事件を引き起した。なんでここまで酷くなったんだべ・・・」
 真理は怒りを隠し切れず、実家の訛りで本音を吐いて言葉に詰まった。

 借金を返す気がなかった三人。
 殺害されるきっかけを口走った宗谷慎司。
 宗谷慎司の言葉をきっかけに、宗谷慎司を殺害した三人。
 権力と見栄で奥山村を牛耳ってきた三人の父親たち。
 三人の家族を村八分にした村人たち。
 そして、宗谷慎司の家族を逆恨みして、家族を殺害した福原富代の弟の政則。

 真理は事件に対する苛立ちと人間への不信感をどうしていいかわからなかった。
 世の中にこんな者たちがいるから犯罪が無くならないんだ・・・。こんな三人が育ったのは親のせいだ!社会のせいではない・・・。親のせいだ・・・。
 宗谷慎司の家族は長年奥山村で嫌がらせされてきた。村人を先導して宗谷慎司の家族たちに嫌がらさせたのは関口虎雄と山田勇作と福原富代の親たちだ。
 親たちには罪を犯した意識が全く無い。犯罪者特有の意識だ。関口虎雄と山田勇作と福原富代は、そうした親たちの意識を受け継いだ。三人には犯罪者の意識があった・・・。

「地方の人口が都市部へ流れる現在、山間部の村はいずれ廃村になっただろうけど、こんな状況にはならなかったと思うよ・・・。
 借金未返済殺人事件と奥山事件がわかったから、鞠村まりえと奥山郷の関係を調べるよ」
 佐介はデータベースで鞠村まりえを検索した。

 しばらくすると、佐介はタブレットパソコンのディスプレイから真理に視線を移して説明した。
「鞠村まりえ。函館生まれ。
 地元高校から札幌ファッションデザインスクールをでて、現在の業界に入った。
 その後は、秋山秀一が語ったとおりだね。奥山郷との関係は無い・・・」
「ほんとに鞠村まりえは奥山郷と関係ないのかな・・・。
 伯父さん、どう思う?」
 信州信濃通信新聞社のデータがまちがっていないか?真理は不思議に思えた。

 佐伯は自身のタブレットパソコンのディスプレイから顔をあげた。
「考えられるのは、証人保護ですね」
「もしかして、あの証人保護プログラムが日本に存在するんですか?」と佐介。
「証人保護プログラムといいましたが、被害者保護プログラムとも考えられます。
 保護プログラムが適用されれば、個人の過去に関する情報は存在しません・・・」
 奥山事件で借金未返済殺人事件の被害者遺族が惨殺された。被害を免れた遺族が存在すれば保護された可能性がある。保護された人物は、事実とは異なる経歴が用意されて過去を変え、新たな過去を持った別人として生きる。そうでなければ保護プログラムの意味が無い。鞠村まりえが奥山事件に関係していて保護されたなら、それなりの過去が用意されたはずだ。佐伯はそう説明しながら、自分の言葉に納得してうなずいている。

「宗谷慎司の家族で、行方がわからない二人が保護されたってんか?」
 真理は佐伯を見つめた。伯父さんが話すとおりなら、記録として残ってる鞠村まりえの過去は奥山事件と無関係だ。真実を知るのは鞠村まりえ本人だけだ・・・。残念なはずなのに、伯父さんはうれしそうだ。保護プログラムが有効に働いてると考えているらしい・・・。そう思いながら真理は、タブレットパソコンのディスプレイに視線を戻した佐介を見た。

 佐介がディスプレイを見たまま佐伯に訊いた。
「この国立公園内に、あの特設ステージを作る許可を得た方法はわかりましたか?」
「国立公園内のイベントは、正式に環境省に申請して許可がおりてます・・・」
 そういって佐伯はディスプレイを見たまま何かためらっている。
 佐介はディスプレイから顔をあげた。
「政治圧力があったんですか?」
 佐伯が困った顔でいう。
「正当な手続きを経てます。それも、短期間に・・・」
 Marimuraの企画は地元観光と地元シルク産業の宣伝になる。地元選出の国会議員から公的機関に、地元に利益導入できるから協力しろ、と相応の要請があったはずだ。それが政治圧力になるかどうか、調べても何もでてこないだろう。

 真理は佐伯を見て話を変えた。
「被害者が死亡した時、撮影関係者は全員、館内にいたんか?」
「館内の従業員全員が、『雨のため、撮影スタッフ全員が館内にいた』と証言してます」
 佐伯の表情が険しくなった。山田勇作が誰かから恨みをかっていた事も考えられたため、山本刑事と只野巡査が、アドイベント企画の社員たちに事情聴取したが、山田勇作が他人から恨みをかっていた事実は無かった。
 アド・イベント企画から支給された仕事用携帯電話は、特設野外ステージからの落下で破損している。私物の携帯電話にも、誰かから恨みをかっていた様子は無かった。


 室内の固定電話が鳴った。真理は電話にでると、夕食の準備が整ったので二階大広間においでください、とフロントからの連絡だった。
 午後七時前だ。こんなに早い時刻に夕食をすませたら、夜中、腹が空く・・・。事件の推理で長い夜になると思い、先を見越して売店で食べ物を買っておいたが、このままでは事件を推理する材料が無い・・・。真理はタブレットパソコンの電源を切った。

 撮影関係者の部屋は四階と五階だ。事件当時、秋山秀一は四階西側の客室で、奥山川の特設野外ステージにいる山田勇作を見ていた。三階のここからもステージが見えるから、四階と五階の西側客室からはステージが良く見えたはずだ・・・。
 この奥山館は奥山川の東岸にある五階建てだ。奥山館の北側に五階建ての別館があり、さらに北側に旧奥山館がある。撮影関係者を除けば、客は全て奥山館の三階にいる。
 真理は佐伯を見た。
「山田さんがステージにいるのを、この三階から見た人はいないんか?」
「誰も山田さんを見てません」
 山本刑事と只野巡査の事情聴取で、三階の宿泊客は一階のロビーやレストラン、喫茶コーナー、ゲームルーム、大浴場や外の露天風呂へいて、誰も特設野外ステージを見ていなかった。
「露天風呂に屋根があったな・・・」
 佐介は、奥山館に到着した時、東屋風の大きな屋根が玄関左奥に見えたのを思いだした。
「従業員は、ステージにいる山田さんを見てないんか?」。
 従業員の一人くらいは奥山川を眺めただろうと真理は思った。
 昼食前後の忙しさで従業員は誰も奥山川を見ていなかった、と佐伯が何か考えながら説明した。
「そうなんか・・・」
 伯父さんは何を考えてるんだろうと真理は思った。
「話は、夕飯の後にしよう」
 そういって佐介はタブレットパソコンの電源を切って考えこんでいる。

 ふたたび電話が鳴った。真理は電話にでた。フロントからの連絡で、撮影関係者が多いので、夕食を佐伯家と同席してほしいとの連絡だった。
「かまいませんよ。ちょっと待ってください。ここにいますから・・・」
 真理は佐介と佐伯刑事にフロントからの連絡内容を話した。
「私たちは、山本刑事たちと同席するよう話してあります。
 佐介さんたちが気にならなければ、私たちはかまいませんよ」
 佐伯はタブレットパソコンの電源を切った。気持ちは推理の世界にいる。
「佐伯さんたちといっしょにしてください。お願いします」
 真理はフロントにそう連絡して受話器を置いた。
「夕飯ですよ・・・」
 二人から返事が無い。二人とも事件を考えている。真理は大きな声でいった。 
「夕飯ですよ!」
「あっ?わかりました」
 佐伯と佐介は推理の世界から現実に戻された。
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