十 借金未返済殺人事件② 借金

文字数 1,560文字

「なあ、頼む。この通りだ」
 大田区蒲田にある宗谷慎司のアパートで、正座した関口虎雄と山田勇作と福原富代は畳に額をすりつけて宗谷慎司に借金を頼んだ。
「そんな事をいわれても金は無いよ」
 宗谷慎司は冷ややかに三人を見て顔を伏せた。絶対に金は貸さない。こいつらに、どんなに頼まれても貸す気はない。こいつらがこれまで俺と俺の家族にしてきた事を、俺は絶対に忘れない・・・。
 宗谷慎司はこれまで受けた様々な虐めや嫌がらせを思いだして三人に冷ややかだ。
「家に送ってるのか?」
 関口虎雄が思いだしたようにそういった。宗谷慎司が何を考えているか宗谷慎司の顔を見て探ろうとしている。
「それもある。社内預金してるんだ。定期預金だ。崩せない」
 宗谷慎司は深く考えず、馬鹿正直にそういった。
「そんな事いわずに、金、貸してくれ。俺たちを助けると思って。なっ、頼む」
 山田勇作が拝むようにして畳に頭をすりつけた。隣りに座っている富代も畳に額をすりつけている。

 何だこいつら、これまでの虐めや嫌がらせを忘れたんか・・・。これは金を借りるための演技だ。騙されちゃいけねえ。本心じゃねえぞ・・・。
『貧しくても、心を貧しくしちゃならねえ。人助けならしなくちゃならねえ』
 そう祖父母や親から教えられてきた。だからって、こいつらにされてきた嫌がらせと虐めを無かった事になんかできねえ・・・。
 揺らぐ気持を押さえるきっかけを得ようと、宗谷慎司は三人に訊いた。
「家から仕送りがあるんだろう?」
「何かと費用がかさむんだ。バイトしても、まにあわないんだ。
 なっ、頼む。この通りだ。
 今まで、お前にはさんざん悪い事をしたと思って後悔してるんだ。
 こんな時に昔の事を謝っても虫が良すぎるはわかってる。許しちゃもらえないのもわかってる。だけど、なっ、頼む。この通りだ・・・」
 山田勇作はまた深々と頭をさげて顔を伏せた。いくら間抜けな慎司でも、仕送りされた生活費はおろか、学費まで無計画に使いこんだなんていったら、借りられ物も借りられねえ・・・。

 ここまでされると、人の良い宗谷慎司の気持は揺らいだ。いわなければいいものを、同情して納得するように宗谷慎司がいった。
「都内は金のかかる事ばっかだからな・・・」
「そう思うだろう。どこへ行くにも金がいる。飯を食うにも、歩き疲れて休むにも・・・」
 関口虎雄はそういいながら、金がなけりゃ出歩かなきゃいいんだと思った。俺は自分の欲望を押えられない。だが、この性格を俺は変えられない。こんな風に育ったのは親のせいだ・・・。俺は、自分の欲と金の力で村の政治を支配してきた親から、金による支配と見栄で、自分の欲を満たす事を学んだ・・・。

「そうだな・・・」
 宗谷慎司は金が無い時の失望感を思いだした。どこからともなく宗谷慎司の意識に無気力が染みでて、意識が頭の中で白くなり同情に変った。こいつらを何とかしてやらねはならない・・・。
「印鑑、持ってきたか?」
 宗谷慎司はいってはならぬ一言を口にした。
「ああ、借用書を書くよ。なんなら、今、書いてもいい。
 金は後でいい。定期を解約するんだから、今夜って訳にゆかないだろう」
 この時を逃すものかと関口虎雄が優しい口調でそういった。
「明後日の日付で百万借りた、と書いてくれ。返済期日は来年の四月末日でいいな?」
 これまで三人から受けた様々な虐めや嫌がらせを忘れ、いつのまにか、宗谷慎司は人助けする気になっていた。
「ああいいよ。それだけあれば、足りない分はバイトで稼げる」
 関口虎雄と山田勇作と福原富代は借用書を書いて実印を押した。

 翌日。
 宗谷慎司は社内預金の定期預金を解約した。
 そして、その翌日。
 実家に仕送りしながら貯めた虎の子の百万円を三人に貸した。
 三人は何とか、後期の授業料を納期限内に納入した。
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