十七 奥山事件① 集団圧力

文字数 1,469文字

 二〇〇七年四月。
 奥山村で恒例の村人全員による新年度の村民集会が開かれた。
 関口虎雄の父の関口虎吉村長は、息子の虎雄の不祥事を詫び、辞意を表明しようと村長席を離れて壇上に立った。議員団席には山田勇作の父の山田勇治や、福原富代の父の福原富造もいる。山田勇作の父は登山客相手の観光旅館経営者、福原富代の父は高原野菜や地元作物を販売する有力企業の経営者だ。
「えー、このたびは、息子の・・・」
 関口虎吉村長が話しはじめると同時に、演壇の真っ正面の席から村人数十人が立ちあがった。
「皆さん、冷静に!村長と議員たちが!辞意を表明しようと!」
 進行役の、村役場の職員が村人を制止するが、
「おい!黙らせろ!」
 職員は数人に囲まれてその場から連れ去られた。

「村長!よーく聞けっ!
 これまで、オメエらに無理難題をいわれても、村人みんなが我慢して聞いてきた!
 だけんど!もう、金輪際!オメエらのいう事は聞かねえ!」
 村長の前に立った安藤電気商会の安藤和己は、大きなはっきり通る声でゆっくりそういった。これまで安藤電気商会は無償で村長にいいように使われてきた。

「慎司に金を借りておきながら、返しもしねえで、殺すたあ、なんてこった?
 それも、生き埋めだぞ!
 俺たち畜産をやってるが、牛や山羊をそんな生き埋めなんぞにはしねえぞ!」
 畜産業を営む田崎徹だ。

「オメエら、いつも俺らに偉そうな事をいってたが、子供に、
『金借りたら、返さねえで、殺せ』
 と教えたんか?」
 そういって、これまで関口虎吉と山田勇治と福原富造たちに、何度も『付け』を誤魔化されてきた食堂経営者も罵声を浴びせた。

「俺たちはなあ、オメエらに殺されるのはイヤだ。
 だから、村の全員で、オメエらとは付きあわねえと決めた!」
 村人が口々にいう。
「村長の仕事はねえぞ!役場には入らせねえ!
 山田勇治も福原富造も役場に入らせねえ!
 年金を貰えるなんて思うな!オメエらの不正は犯罪だ。
 なあ、助役!はっきり記録して、懲戒免職にしろ!退職金も、年金を払うんじゃねえぞ! わかったな!助役!」
「はっ、はい!わかりました!そのようにします!」
「いうとおりにしねえと、次は、村長を監視管理できなかったオメエラ役場の職員全員に責任取らせっぞ!」
「はい!」
「オイ!関口虎吉!山田勇治!福原富造!
 村の店に、オマエらに売る物はねえ。駐在、そうだな!」
「はい・・・」
 村人の剣幕に村の駐在所の警官が怯えている。
「妙な真似したら、どうなるか説明してやれ!駐在!」
「それは、その・・・」
 集団圧力を止められず、駐在はおどおどしている。

 村人たちは、宗谷慎司に金を借りて返さずに殺害した三人の卑劣な行為について、父親たちを糾弾した。
 村長を務める関口虎雄の父関口虎吉は、村八分の報復に村議会を解散しようと考えたが、さらなる報復を恐れてその場で村長を辞職した。山田勇作の父親の山田勇治と、福原富代の父親の福原富造も議員を辞職した。


 集会後。
 村人たちは加害者家族を村八分にした。そして、これまで宗谷慎司と宗谷慎司の家族が受けてきた以上の執拗な圧力を加えつづけた。

 二〇〇七年七月。
 関口虎雄の家族は村八分の集団圧力に耐え切れずに奥山村を離れ、家族は離散した。
 山田勇作、関口虎雄、福原富代が宗谷慎司殺害に関与した事実がSNSで拡がり、登山客は奥山温泉の旅館に宿泊するようになり、山田勇作の父が経営する登山客相手の観光旅館山田山荘に宿泊する客はいなかった。
 二〇〇七年八月初旬。
 山田山荘が廃業して山田勇作の家族は奥山村をでていった。
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