四十一 証言②

文字数 1,837文字

 八月八日、日曜日、午後九時半すぎ。
 奥山渓二郎は作業用の薄手の革手袋をして半地下の倉庫へ行った。奥山渓二郎は倉庫の光景に驚いた。
 関口虎雄がコンクリートの床にうつぶせに倒れたまま息絶えていた。関口虎雄の右手そばに、三本の銅線が剥きだしになった動力用三相交流電源ケーブルが、鎌首をもたげた蛇のように立ちあがったままになっていて、右手は、握った火薬が手の中で爆発したように、茶と黄と黒の妙な色彩に変色していた。電源ケーブルのプラグはスイッチボックスのコンセントに接続され、スイッチレバーはオンの状態に上がったままだった。

 クソ、計画を妨害された・・・。銅線剥きだしのケーブルが危険だ・・・。
 一瞬、妙な思いが湧いて、奥山渓二郎は衝動的にスイッチボックスのレバーを下げてオフにし、関口虎雄の指紋を拭きとった。
 なぜだ?山田勇作と関口虎雄は、なぜ自殺した?
 まさか、福原富代も自殺するのか?
 疑問を抱いたまま、奥山渓二郎は倉庫をでて、通路を隔てた食糧貯蔵庫へ入り、中から、食糧貯蔵庫のドアを施錠して、エレベーターに乗った。

 屋上へでると、奥山渓二郎はドア近くにあるパイプベンチを持ちあげて、東側の手摺りのそばへ移動させた。福原富代が来たら、福原富代をベンチに立たせ、そこから手摺りの向こうへ落とせばいい。福原富代が現れるまでしばらく隠れていよう・・・。屋上のドアがある建物の陰に身を潜め、奥山渓二郎は福原富代が現れるのを待った。

 午後十時少し前。
 福原富代が屋上に現れた。福原富代はそのままベンチの横へ歩いて手摺りに手をかけて、下を覗き見ている。
 奥山渓二郎は声をかけようと思い、口を開きかけた。
 その時、福原富代がベンチにあがって、手摺りに手をかけ、左足を手摺りにのせた。
 福原富代は手摺りを跳び越える気だ・・・。
 同時に、悲鳴が響いて、福原富代が屋上のドアをふりむいた。手摺りの先の暗闇に向けられていた注意が、ドアに向けられている。
 声をかけると刺激する!危険だ!
 妙な事に、奥山渓二郎はとっさにそう思って建物の陰から飛びだした。無言で福原富代に駆けより、福原富代の右手首をつかんで屋上へひき戻した。
 えっ?私は何をしてるんだ?福原富代を突き落とすんじゃないのか?手を離せば、福原富代はここから飛び降りるんだぞ!
 奥山渓二郎の手を振りはらおうと、福原富代の右手が激しく動いた。福原富代も無言だ。
 飛び降りるのを階下に気づかれぬように、声をださぬ気だ・・・。福原富代の右手首を握ったまま、奥山渓二郎はそう感じた。

 福原富代は左手で奥山渓二郎の右腕を激しく引っ掻き、爪が腕に食いこんだ。
「ううっ!」
 あまりの痛みに、福原富代の腕を握っていた右手の力が抜けて、福原富代の右手首が奥山渓二郎の手から離れたその瞬間、福原富代が手摺りに両手をかけた。鞍馬の上で脚をまわすように、奥山渓二郎がいない左側から両脚を手摺りの向こうへまわし、福原富代の身体が手摺りの向こうの暗闇へ消えた。

 奥山館の東側の庭園に、一階調理場から悲鳴が響いた。
 奥山渓二郎は音を立てずに、急いでパイプベンチを元の位置へ運んだ。
 なぜだ?どうして自殺するんだ?
 静かに屋上のドアを開けて、持っているタオルで靴裏を拭きとり、本館に入って屋上のドアを施錠し、音を立てぬよう静かに階段を五階へ下りた。

 五階の廊下を確認すると誰もいなかった。静かに廊下を歩いて、五階の客室係専用室に入った。手筈どおりエレベーターは五階に待機していた。
 誰にも会わなかった・・・。思わず溜息が漏れた。
 なぜだ?どうして自殺するんだ・・・・。
 模範囚で五年早く出所したのは何だったのだ?
 疑問に思ったまま奥山渓二郎はエレベーターに乗って二階へ移動した。エレベーターを一階へ降ろして、奥山館の別館を通って旧奥山館へ戻った。
 
 奥山渓二郎が旧奥山館に着くと電話が鳴った。
「関口と福原が死亡しました。
 佐伯刑事が山本刑事と只野巡査に指示し、二人の死亡についても捜査を始めました。
 警察と県警に捜査要請をだしました」
 奥山館本館のフロントからだった。

 山田勇作死亡の原因調査のため、佐伯刑事と山本刑事と只野巡査が奥山館に宿泊している。皆、私がやったと思っているだろう。本当の事を話すべきか?それとも、このままにしておくか?奥山渓二郎は考えたが、決心がつかずにいた。
 深夜になって、新たな捜査員が到着し、関口虎雄と福原富代の死亡について詳しい捜査が始った。
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