二十九 聴取

文字数 1,750文字

 九日、月曜、午前一時頃。
 佐伯は調理場をでた。通路から、レストランと喫茶コーナーにいる地元警察署と県警本部の刑事を呼び、喫茶コーナーで支配人と副支配人から事情聴取するよう指示し、奥山支配人と安藤副支配人に、状況説明を再度するよう依頼した。 
「わかりました」と奥山支配人と安藤副支配人。
「では、お二人とも向こうへ」
 刑事は調理場から奥山支配人と安藤副支配人を喫茶コーナーへ連れていった。
「現場を見てきますから、ここにいてください」
 真理と佐介を調理場に残して、佐伯は煌々とライトに照らされた福原富代が横たわる庭園へでていった。佐伯は福原富代を示し、これまで収集した遺留品を鑑識に渡している。

「どう思う?」
 真理は佐介の顔を見ずにつぶやいた。夫婦の会話はこれで通じる。
「手がかりが少ない。屋上からコンクリートの手摺りを越えて転落したのはまちがいないが、自殺なら手はあんなに傷だらけにならないし、爪に皮膚や繊維はつかない・・・」
 佐介は調理場の外の福原富代を見ながら、福原富代が屋上から突き落されたと示唆した。
 戻ってきた佐伯は真理と佐介に同行を促した。
「福原富代の部屋へ行きましょう」
 三人は従業員用階段を登って四階へ移動した。
 伯父さんは刑事たちよりサスケと私の判断を信頼してる・・・。真理はそう思った。


 階段から二つ目の東側の和室が福原富代の部屋だ。間取りは真理や佐伯たちが使っている八畳二間つづきの和室と同じだ。二つの部屋はどちらも東の山岳を臨む大きな三層構造の防寒窓がある。窓と窓枠は個室と同じ造りで、どちらの部屋も窓の外にテラスは無い。
「福原富代さんがここをでていったのは、何時頃ですか?」
 佐伯は笑顔でアドイベント企画の女子社員三名に訊いた。この部屋は女子専用らしい。
「十時前に、飲み物を買いに行くといって部屋をでてったわ。
 勇作さんが亡くなって、明日にも遺体を引き取りに行かなくっちゃならないと話してたから、私たちは気になって、買い物に同行するというと、心配ないと断ったわ」
 女子社員たちはそういって沈黙した。佐伯は笑顔で訊いた。
「誰かに連絡していた様子はありましたか?」
「そんな事は無かったわ。いつもと変った様子は無かったわ・・・」と女子社員。
 もう一人の女子社員が不審な顔でいった。
「でも変よね。勇作さんが亡くなった時、最初は動揺してたけど、すぐいつもの穏やかな調子に戻ってた。あたし、ずいぶんしっかりしてるんだなと思ったわ。
 あれって、何だったんだろう・・・」
「他に何か気づいた事は?」と佐伯。
「無かったわ。無駄な事を話さない真面目な人だったから・・・。
 勇作さんも真面目な人だった・・・。後追い自殺するの、わかる気がする・・・」
 女子社員の一人は、福原富代が自殺したと思っている。女子社員たちは宗谷慎司が殺された『借金未返済殺人事件』も、宗谷慎司の家族が惨殺された『奥山事件』も知らないらしかった。

 福原富代は、屋上で誰かに会う予定だったのではなかろうか・・・。もしそうなら時刻と場所を知らされたのはいつだろう?山田勇作が死亡した後か?山田勇作が死亡した後なら、撮影関係者でなくても、この奥山館にいる者は誰でも福原富代に近づけた・・・。
 ああっ!真理は思わず大声をだしそうになって口を押さえた。
 なに?と佐介は真理を見つめた。後で説明するとの真理のまなざしにうなずき、佐伯の質問に答える女子社員たちを見ている。
「アドイベント企画は地元企業と聞いてます。皆さんもこちらの出身ですか?」
 佐伯は何を訊きたいのだろう?
「地元の人はいません。全員、田舎暮らしを希望して、こちらに来た人たちばかりです」
「経営者の方もですか?」
「安西も西村も大手建設会社の社員でした。
 公共事業の関連でこちら選出の国会議員と親しくなって、地域興しを依頼されてこちらで起業したんです」
「それで議員の方の力添えで、国立公園内の河原に特設野外ステージを作れたんですね」
 真理はそういった。
「ええ、地元を売りだす絶好のチャンスだと張りきってたんです・・・」
 女子社員の声が震えている。
「ありがとうございました。大変な時にいろいろお訊きして、すみませんでした」
 佐伯はそういって真理と佐介に、部屋をでるよう目配せした。
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