三十七 自白④

文字数 2,555文字

「私は漁業監視員と河川監視員です。定期的に川を監視します。
 昨日午前十一時頃、私は増水した奥山川の吊り橋下の河原で、水位と河川を監視していました。
 その時、ステージの点検に来た山田勇作を見かけ、私はステージの下に移動しました。
 ステージに上った山田勇作は雨で濡れたステージで滑って、転ばないよう踏んばった反動でバランスを崩し、落下防止の落下防止ネットを括ったロープに足を引っ掛けました。
 私はステージの下からロープを引っ張り、山田勇作は落下防止ネットを越えて落下しました。
 雨のため、現場にいたのは監視員の私だけでした。吊り橋に設置された監視カメラは橋脚に設置されている水位計を撮影します。河原の人影は撮りません」

 山田勇作がステージから落下したのは確かだ。殺害された物証はない。奥山渓二郎が話すとおりかもしれないと真理は思った。

「関口虎雄さんと福原富代さんは?」
「一昨日の夕刻、副支配人は合鍵を持ってましたが事前に私が作った合鍵を渡しました。そして、昨日の夜の十時に駐車場のドアから通路に入って、その場で悲鳴をあげてドアを施錠して休憩室へ戻るよう、頼みました。
 昨日の夜九時半頃、関口虎雄に、旋盤用の電源ケーブルの被覆が取れないので旋盤に接続できないから被覆を剥いでほしい、と頼みました。
 プラグを抜いてあるか問われたので、外してあるボール盤のプラグを見せました。旋盤のプラグはコンセントに入ってました。
 関口虎雄が被覆を剥いで銅線を握った時にスイッチを入れ、感電させました。
 夜九時半すぎです。
 その後、私が事前に内部から開錠しておいた食糧貯蔵庫から、従業員用エレベーターで五階へ移動して、作った合鍵で屋上のドアを開けて屋上へでて、従業員用階段のドアの出口の陰に隠れました」
 従業員用エレベーターは従業員用階段に併設し、食材貯蔵庫から調理場、二階大広間、その上の各階にあるルームサービスの客室係専用室内を通過しているが五階までで、屋上に通じていない。

「夕食の前、福原富代に、山田勇作の死について情報があるから十時に屋上へ来てくれと伝えてありました。
 十時頃、福原富代が従業員用階段のドアから、屋上の東側に来ました。その時、下から悲鳴が聞えました。福原富代の注意が屋上ドアへ向けられたので、抱えあげて手摺りの向こうへ落としました。そして、急いで屋上のドアを施錠して五階へ下りて、五階からエレベーターで二階へ移動し、エレベーターを一階へ移動させて別館からここに戻りました。犯行時は作業用の革手袋をしていました」
 奥山渓二郎は淡々と話している。

 何か妙だと真理は思った。奥山渓二郎の説明は話ができすぎてる。事実なら、合鍵を作った者、館内の監視カメラのスイッチを切った者、悲鳴をあげた副支配人、食材貯蔵庫のドアを開錠した者など複数共犯者が存在する。そうでなければ奥山渓二郎はスムーズに移動できない・・・。

 佐伯が奥山渓二郎を見て微笑んだ。
「奥山さん、私、一つ思いだしました。和弓をご存じですか?アーチェリーでもかまいません」
「はい」
 奥山渓二郎は不審な顔になった。
「弓の弦中央を静止状態から、弦が元の状態から弦の固定部で角度三十度を成すまで引きます。これは、静止状態から、弦の全長の四分の一の距離まで弦中央を引いた状態です。
 この時、弦を引く腕の力、つまり矢を放つ力が六十キログラムとすれば、弦自体が弓の弦の固定部を引く力、つまり弓が弦自体を引っ張る弦の張力は、六十キロが必要です。
 引いた弦の成す角度が三十度より少ない場合、矢を放つ力が六十キロを越えるためには、弓が弦を引く張力が六十キロ以上必要になります・・・」
 佐伯は奥山渓二郎を見た。表情に変化は現れない。
「河原のステージにあるロープは、ステージの端に、直線上に置かれていました・・・。
 かんたんな物理の問題なんですよ。
 あなたの体重は六十キロ程度でしょう。その体重でステージ下からロープを引いても、山田勇作さんが幅二メートルの落下防止ネットを越える力を与えるのは不可能なんです」

「山田勇作はロープにつまずいて・・・」
 奥山渓二郎の目が泳いでいる。
「ロープはステージの端に、しかも、撮影のじゃまにならぬよう、落下防止ネットのそばに置いてありました。生前、福原富代さんが、ロープをそのように置いたと証言してます。
 そのロープに、どうやってつまずくんですか?」
 佐伯は奥山渓二郎をじっと見つめている。
「・・・・」
 奥山渓二郎はうつむいた。

「それに、福原富代さんはあのとおりの身長です。あなたとほぼ同じ体重でしょう。
 奥山さん。あなたの身長と体重はいくつですか?」
 佐伯は奥山渓二郎に確認した。奥山渓二郎は顔をあげた。
「身長百七十センチメートルほど、体重は六十キロ程度です・・・」
「福原富代さんの手とスニーカーに、砂粒と地衣類が付いていましたが、衣服には地衣類やコンクリートなどの汚れはありませんでした。その他、手に擦過傷、爪にはあなたの皮膚と制服の繊維です。擦過傷は手摺りによるものでした。
 あなたの年齢では、体重六十キロ近い福原富代さんを手摺りの上まで持ちあげるのは不可能でしょう・・・」
 佐伯は奥山渓二郎に微笑んだ。奥山渓二郎は還暦をすぎている。屋上の手摺りは高さが一.五メートルだ。
「それは・・・」
 また奥山渓二郎はうつむいた。表情を読まれないようにしている。

「関口虎雄さんは左利きです。ケーブルの被覆を剥がすのに使っていたのは右利き用の自動型ワイヤーストリッパーです。左利き用の自動型ワイヤーストリッパーはそう簡単に入手できなかったのでしょうね・・・。
 ワイヤーストリッパーの握り部分は絶縁されてます。
 もしもの場合を考えて、専門家は、被覆を剥いだケーブルの銅線部を直接握りません」
 佐伯は奥山渓二郎を見た。
「・・・」
 奥山渓二郎はうつむいたままで表情を確認できない。
「ここで話を聞くまで、あなたが実行犯で、鞠村まりえさんは共犯の一人だと思っていました。
 本当の事を話してください・・・」
 広間に隣接した応接間に、鞠村まりえがいる。
「・・・」
 奥山渓二郎は黙秘している。
「では、鞠村まりえさんから聞きましょう」
 佐伯はそういって奥山渓二郎を退席させた。
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