二十 奥山事件④ 事件発覚

文字数 1,957文字

 宗谷家から、福原富代の実家と反対側数百メートルに、山崎家がある。
 雨音にまぎれて、宗谷家の絶叫は動物の鳴き声のように伝わった。奇妙な音に、山崎家の主の山崎聡平は目覚めて、じっと布団の中で耳を澄ませた。聞こえるのは雨の音だ。その雨の音に混じってピチャピチャと音が通りすぎていった。
 山崎聡平は外を見ようか迷った。妙な音がしただけで起きるのもおもしろくない。しばらく布団の中でぐずぐすしている間に、トイレに起きようと思った。そのついでに外を見ればいい・・・。山崎聡平は布団から起きた。

 部屋をでて廊下を歩く。酷い雨の音だ。
 トイレに入って小用をしながら窓から外を見た。雨の中、山崎家横の村道の遥か先を、何かを背負った人影が移動していったように見えた。目を凝らしたが、雨足が強すぎてよく見えない。村道の先は奥山渓谷の奥山温泉へ行く国道につづいている。
 何か背負った人影が移動していったような気がしたのは見まちがえだったか・・・。
 山崎聡平はそう思った。
 トイレからでて廊下の窓から村道の反対側の宗谷家を見た。村道の外灯に照らされた宗谷家の庭が見える。その庭に面した宗谷家の雨戸が外れて庭先へ落ちているように見えた。
 この雨だ。村道の外灯の明りでは、どうなってるかよくわからねえ・・・。だけど、廊下に人が横たわっているようにも見える。雨の夜だ。窓を開けたまま縁側で眠るような時間じゃねえ。おそらく見まちがえだろう・・・。
 山崎聡平は寝室へ戻って布団に入った。そのまま眠ろうと思ったが、まぶたを閉じると宗谷家が気になってきた。起きて雨の中を見に行くか?いや、行くことはねぇ。何かあっても夜が明けなけりゃ話にならねえ・・・。そうこうするうちに三十分がすぎた。やはり眠よう・・・。いったんは眠ろうとしたが眠れない。クソッ・・・。
 山崎聡平は起きあがって妻を起こした。
「宗谷の家がおかしいんだ。様子を見てくる。一時間で戻らなけりゃあ、駐在に連絡してくれ・・・」
 山崎聡平は妻に伝え、雨合羽を着て懐中電を持って雨の中へでていった。


 山崎聡平は、村道の宗谷家に最も近い場所に立った。庭に入らず、村道から外灯に浮かぶ庭に面した廊下を見た。雨戸が外れてガラス戸が開いた廊下に、横たわっている人影が見える。
「これは・・・」
 嫌な予感がした。
 山崎聡平は庭へ入り、恐る恐る懐中電灯で廊下を照らした。廊下の若い男は福原富代の弟の政則だった。
 庭先から宗谷家の茶の間を懐中電灯で照らした。茶の間の光景を目にした山崎聡平は、腰を抜かさんばかりに驚いた。血だらけの布団に子供が倒れている。居間の引き戸近くの畳にも血だらけで大人が倒れている。茶の間は血の海だった。

 山崎聡平はあわてて家へ走った。台所へ駆けこみ、受話器を取って村の駐在に電話した。
「早くでんかい!早くでろ!」
 呼出し音が聞こえるが、駐在は電話にでない。
「あんた!どうしたんだい?」
 妻が台所に来て不思議そうにそういった。
「緊急事態だ!後で説明する!」
「何があったのさ?ねえ、何があったんだい?」
 妻がしつこく訊いた。
「あとで説明するっていってるだろう!」
 要領を得ない馬鹿女だ!あとで説明するといってるだろう!
「何があったんだい?ねえ、アンタ!」 
 イライラして思わず声がでる。
「うるさい!ええいっ、何してるんだ・・・」

 駐在が電話にでた。寝ぼけた声がする。
「てぇへんだ!政則が宗谷の家族全員を殺っちまったぞ!政則は自殺しとった!」
「えっ?」
 妻も、電話の先の駐在の声も、一瞬に凍りついた。
山崎聡平が大声で怒鳴った。
「駐在!聞いてっか!?」
「家族全員ですか?」
 電話からいつもののんびりした感じの声が響き、その声がいっそう山崎聡平を苛立たせた。山崎聡平は大声で怒鳴った
「ああっそうだ!皆殺しだ。子供と親と、爺と婆だ!
 駐在!いいかげんに、目、覚ませ!」
「加害者の政則は?」
 駐在の声がキビキビしてきた。
「宗谷の家の廊下に倒れとる!自分で、首を掻き切っとった・・・」
「聡平さん!宗谷の家には近づかんでください!
 もし、近づく人がいれば、近づけさせんでください!」
「この雨ん中、俺に、監視しろってか?」
「駐在の代理です!交通指導員でも、何でもいいですから、目立つもん、身に着けとってください。署に連絡しますで!」
 電話が切れた。山崎聡平は妻に事情を話し、
「どこにも連絡しねえで、寝てろ!他所へ連絡すると、しょっぴかれるぞ!」
 と一喝して、台所へ行った。女ちゅう生き物は、なんでも口先へのせねえと、気がすまねえ生き物だ。脅しておかねえと、夜中だろうと電話して何でもペラペラしゃべりたがる・・・。 台所の山崎聡平は、グラスに冷や酒を満たすと一息に飲み干して、ふたたび、雨の中へでていった。
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