二十七 検証①

文字数 4,912文字

 午後十二時頃。
「駐車場に遺留物はありませんでした」
 山本刑事と只野巡査が駐車場から戻った。何も見つけなかった事を悔やんでいる。
 佐伯は山本刑事と只野巡査に状況を説明して、従業員と客から事情聴取するよう指示し、従業員と客のリストを奥山支配人に求めた。
 奥山支配人は調理場からフロントへ連絡して、高須客室係に従業員と客のリストをコピーして持ってくるようにいった。
 佐伯は奥山支配人に礼を述べて、山本刑事と只野巡査に指示した。
「では、従業員と客のリストが届く前に、ここにいる皆さんから聴取してください。
 リストが届いたら関口虎雄さんと福原富代さんの私物押収です」
「わかりました」
 山本刑事と只野巡査は調理場の従業員に、午後十時前後にどこにいたか聴取を始めた。
 佐伯は奥山支配人に、事件があった午後十時前後に、誰がエレベーターや階段を利用していたか訊いた。
「午後十時前後は私がフロントにいました。誰もエレベーターと階段を使っていません。
 ルームサービスの村田にインターホンで、五階の鞠村さんの部屋へ、ブランデーとスモークチーズとチョコレートを運ぶように指示し、調理場へ連絡して従業員用エレベーターでブランデーとスモークチーズとチョコレートを乗せたワゴンを三階まで運ばせ、三階から村田が同乗して五階へ運んだはずです。
 村田に連絡した後、注文をノートに記録したのは午後十時でした。その後に、悲鳴が聞こえました」
 村田客室係がうなずいている。

「村田さんが私たちを地下の倉庫へ案内した時は、五階からの帰りでしたか・・・。
悲鳴が聞えた時、村田さんは、なぜ、三階にいたんですか?」
「ルームサービスの依頼があるかもしれないので三階の客室係専用室にエレベーターで戻りました。ルームサービスに備えて、エレベーターは調理場に戻しました。ルームサービスの依頼があれば、サービス品のワゴンをエレベーターが三階まで運びますから」
「そうでしたか・・・。
 皆さんにお訊きします。十時前後、村田さんが従業員用エレベーターを使う前後に、誰か従業員用エレベーターを使いましたか?」
 調理場の全員が、誰も使っていない、と答えた。

「奥山支配人。どうやって屋上へでますか?」と佐伯。
「階段だけです。客用階段と従業員用階段が屋上までつづいていますが、エレベーターはどちらも五階までです」と奥山支配人。

 屋上へでるには五階から客用階段を登るか、従業員用階段を登らねばならない。
 五階まで行くには、客用階段と客用エレベーター、従業員用階段と従業員用エレベーターを使う四通りがある。
 従業員用エレベーターは従業員用階段に併設している。食材貯蔵庫から調理場、二階大広間、その上の客室がある各階のルームサービス客室係専用室内を通過して五階まで行くが屋上には通じていない。
 客用エレベーターも五階までである。客用階段も従業員用階段も、どちらも屋上まで通じているが、階段から屋上へでるドアはどちらの階段も施錠されて外へでられない。鍵はフロントのキーボックスにあり、いつも施錠されている。

「雨もやんだようです。今さら誰かが屋上から下りてくるとは考えられませんが、二手に分かれて屋上へ行きましょう。
 私と副支配人は従業員用階段、支配人と佐介さんたちは客用階段から屋上へでてください。階段に異常が無いか、撮影してください。落ちている物は全て採取してください。
 屋上へでたら、ドアで待機してください」
 そういった佐伯は、従業員から事情聴取している山本刑事と只野巡査を呼んだ。
「皆さんの聴取は終りましたか?」
「ここの聴取はすみました。従業員と客のリストを見て他の人たちを聴取し、関口虎雄さんの私物と福原富代さんの私物を押収します。
 村田さん。フロントへ行きましょう。客室の案内も頼みます」と山本刑事。
「わかりました」と村田客室係。
 山本刑事と只野巡査と村田客室係は、従業員と客のリストを受けとるため、調理場をでてフロントへ向かった。

「支配人、二つのエレベーターの稼動を停止してください」
「わかりました・・・」
 奥山誠支配人は調理場で停止している従業員用エレベーターの稼動を停止し、エレベーターの前に椅子を並べて『従業員用エレベーター使用禁止』の張り紙をさせた。
 佐伯はエレベーター内を調べると、佐介に指示した。
「中を撮ってください」
 佐介は佐伯の指示どおりエレベーターの内部を撮影した。撮影が終ると佐伯は指示した。
「ではフロントで客用エレベーターを停止して屋上へ行きましょう。
 屋上のドアの鍵を貸してください」
「わかりました」
「調理場の皆さんは指示があるまでここにいてください」
「はい・・・」
「ではフロントへ行きましょう」
 佐伯は奥山支配人、安藤副支配人、真理と佐介を連れてフロントへ行った。


 フロントの高須客室係は、山本刑事と只野巡査は、渡した従業員と客のリストを持って、村田客室係といっしょに三階の客室をまわっていると説明した。
 佐伯は高須客室係に礼を述べ、あらためて奥山支配人と安藤副支配人と高須客室係に、事件前後にエレベーターと客用階段を使った者がいたか尋ねた。
 奥山支配人が答えた。
「悲鳴を聞く前、私がここにいました。エレベーターも階段も使った人はいません。エレベーターは一階に停止したままでした。悲鳴を聞いた後、高須がここにいて、その後、副支配人がここにいました」
「私がいた時も、エレベーターも階段も、使った人はいません」と高須客室係。
「私がフロントにいた時も、エレベーターは一階に停止したままでした。階段を使った人はいません」と安藤副支配人。

 佐伯は三人の説明をメモして、エレベーターを稼動停止するように指示した。
「高須。エレベーターを非常停止してくれ」
 奥山支配人の指示で、高須客室係はフロント内で、一階に待機した二つの客用エレベーターを非常停止して稼動を停止し、エレベーター前に『使用禁止』の表示を掲示してフロントに戻った。
 佐伯は一階に待機しているエレベーター内部をくまなく調べて佐介に撮影させた。

 エレベーターをでた佐伯は奥山支配人に、屋上の鍵を貸してほしいと告げた。
「高須。屋上の鍵をだしてくれ。それとライトも」
 奥山支配人は高須客室係に屋上のドアの鍵をキーボックスから取りださせて、携帯用強力ライトを人数分用意させた。
 奥山支配人は鍵とライトを受けとって、ライトを全員に渡し、従業員用階段の屋上ドアの鍵を安藤副支配人に渡した。
「奥山支配人と佐介さんたちは客用の階段を頼みます。
 では、行きましょう」
 佐伯と安藤副支配人が一階通路を館内の奥、従業員用階段へ歩いた。
 
 奥山支配人は真理たちを連れて、一階ロビーの客用階段へ歩いた。
 真理は奥山支配人の行動を不思議に思った。なぜ、支配人は高須客室係にエレベーターを停止させた?なぜ、キーボックスから鍵を取りださせた?『使用禁止』の表示はともかく、エレベーターの停止も、鍵を取るのも、支配人本人ができる。なぜ、支配人がしない?支配人はフロントの備品に手を触れないようにしている。指紋を残さないためか?そうする理由なんだ・・・。

「真理!この髪を採取してくれ・・・」
 三階から四階への階段で考えこむ真理に、佐介が目で示した。
 真理は採取用のゴム手袋をしている。ピンセットを使って髪の毛を拾い、証拠保管用の小さなポリエチレンのジップロックに入れた。この髪は・・・。モデルたちの物ではなかろうか・・・。
「他には?」と真理。
「何も無いな・・・。床にも壁にも、何も無い・・・」
 佐介は上の階を見あげている。
 おそらくこの階段には何も無い・・・。この支配人がいる限り、事件の遺留物はでてこない気がする・・・。階段をライトで照らす奥山支配人と階段と壁の全てを撮影する佐介を人を見ながら、真理はそう思った。


 階段を登り、屋上のドアを開けると目の前に佐伯と安藤副支配人が立っていた。
 佐伯は全員にドアの前で待機するよう指示して、靴の防塵カバーを佐介と真理と奥山支配人に渡し、真理から階段で採取した髪の毛と採取用具を受けとった。すでに佐伯と安藤副支配人は靴に防塵カバーを装着している。
「私がライトで照らす場所を見てください」
 屋上に、佐伯が持っているライトの光が走った。屋上に落下防止フェンスは無い。高さは一.五メートル、幅四十センチほどのコンクリートの手摺りがある。屋上のコンクリートには、従業員用のドアから東西南北の各手摺りまで人が歩いた小道のような跡があり、その部分だけ地衣類が生えていない。日常的に従業員用のドアから東西南北の各手摺りまで人の移動があったのがわかる。

 佐伯は屋上の東側をライトで照らした。福原富代が倒れている奥山館東側庭園側の手摺りだ。
「私があそこを重点に調べます。私が指示するまで、皆さんはここで待機してください」
 佐伯は、真理たちがいるドアから手摺りぞいに南へまわり、南側手摺りの中程から、調理場の真上にあたる東側の手摺りから十メートルほど離れた屋上中央南側へ歩いた。
「三人は、私が歩いたようにしてここに来て待機し、私が照らす位置を三人のライトで照らしてください。今は遺留品の確認です。ライトは明るいのですが、鑑識が使うライトにくらべて光量が足りません」
 奥山支配人と安藤副支配人と真理と佐介は指示に従って移動し、指定された屋上中央南側場で待機した。

「佐介さん。最初はここ立って、ここを撮ってください」
 佐伯は手摺り付近の二ヶ所をライトで照射して、佐介の立ち位置と撮影箇所を示した。
 奥山支配人と安藤副支配人と真理は、指定された箇所をライトで照らした。佐伯は遺留品を捜す間も、可能な限り現場保存をしようと考えていた。
 
 東側の手摺りで、佐伯はコンクリートが風化した砂粒と、手摺りに付着している地衣類を採取し、その場所を佐介が撮影した。佐伯は手摺り付近で、数本の髪の毛を採取した。
 佐伯は、従業員がここで何をしているか奥山支配人に尋ねた。
「休憩や非番の時は、ここから景色を眺めて喫煙したり、体操したり、いろいろしてますよ。利用したい者がいれば、ドアのキーを貸します」
 奥山支配人はライトで従業員用階段のドア付近にあるベンチと吸い殻入れを示した。
「休息の場ですね」
 佐伯はそういって屋上のドアの内と外にある監視カメラを見た。

 警察車両と救急車両のサイレンが聞こえ、佐伯の携帯が鳴った。
 山本刑事からの連絡に佐伯は、
「すぐにそっちに戻ります。鑑識に福原富代さんと関口虎雄さんの死亡現場、駐車場、食糧貯蔵庫、屋上を調べさせてください。あなたたちは到着した刑事たちと手分けして事情聴取し、三人の遺品を調べてください」
 と指示し、従業員用階段のドア付近のベンチと吸い殻入れを撮影している佐介に、
「佐介さん。客用階段から下りましょう。
 皆さんもこっちから下りましょう。
 客用階段のドアは、私が施錠します。鍵を貸してください」
 といった。
 わかりました、と佐介は手をあげて了解している。佐伯は佐介に手をあげて返答し、ついてきてください、といって全員を従業員用階段のドアへ先導して待機させ、客用階段のドアを施錠して、従業員用階段のドアに戻った。
「フロントに戻りましょう。中に入ってドアを施錠してください」
 佐伯は安藤副支配人にそういって、客用階段のドアの鍵を支配人に返し、
「支配人。フロントへ戻ったら、このドアの合鍵を全て見せてください。合鍵は保管してますね」
 と尋ねた。
「ええ、金庫に保管してます」
 佐伯の質問に、一瞬、奥山支配人の表情が変った。夜の屋上だ。従業員用階段のドアに照明があるが微妙な表情の変化はわからない。
 伯父さんはキーボックスに全ての合鍵があるか気にしてる。福原富代がこの屋上から転落したか否か、このドアの合鍵が重要な手掛りなのだろう。もしかしたら合鍵が無いかもしれない。あるいは伯父さんの目に触れたくない物が金庫にあるかもしれない・・・。
 真理はスリッパの上から履いている防塵カバーを脱いで、屋上から階段へ移動した。
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