第8話  華蓮の子供時代から今まで

文字数 1,129文字

華蓮は、結局、由紀子のベッド(由紀子と香苗に挟まれる形)で、眠りに着いた。
(二人の肉圧を暑苦しく感じながらも、演奏会の疲れも強く、素直に眠ってしまった)

それでも、夢を見た。
昔の夢だった。
母が出て来た。
華蓮は、一緒に食事をしている。
玄関のチャイムが鳴った。
華蓮が玄関を開けると、山田剛士が入って来た。

山田剛士は、華蓮を抱き上げた。
「元気だったか?大きくなったな」

華蓮は、山田剛士が好きだった。
「うん!今日も楽譜?」

山田剛士は、華蓮に笑った。
「ああ、そうだよ、バッハ、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルトもある」

華蓮は、食事もそのままに、バッハを弾き始めた。
(山田剛士は、満足そうに聴き、母に何かを話した)
(途端に、母は涙ぐんだ)
(「嫌です」の言葉も、はっきり聞こえた)

華蓮も、母の涙に困った。
「どうすればいいの?」

母に、聞いた場面で目が覚めた。
華蓮は唇を噛んだ。
「母さんは、この世の人ではないのに」

母の葬式を思い出した。
華蓮が中学二年の夏だった。
父はとっくに死んでいて、葬儀は、山田剛士が仕切った。
華蓮は、まだ子供で、知り合いの山田剛士に言われるがまま、任せるしかなかった。
そして、母の葬儀の夜から、この山田剛士の屋敷に、部屋をあてがわれた。

山田屋敷には、見覚えがあった。
小さな頃、一緒に遊んだ由紀子と香苗も、住んでいた。

由紀子と香苗から、「私たちは、血のつながりがある」と聞いた。
華蓮は、最初は信じなかった。
すでにこの世にはいないけれど、「父と母の子」と信じ切っていたし、それ以外のことは、よくわからなかった。

都内の普通の中学から、編入した聖トマス学園では、一般の教科に加え、ピアノの特別練習を課せられた。
(「山田学園長のご指示です」と、指導教官が言った)
華蓮は、ピアノの練習は好きだったので、何の苦にもならなかった。
子供の頃は、母が先生だった。(今でも、母にはかなわないと思っている)

「血のつながりがある」由紀子や、香苗も、同じ指導教官だった。
香苗は、高一(華蓮が中三の時)で、コンクール一位を取った。
華蓮自身も、コンクール出場を促され、一度は承諾した。
しかし、直前に風邪をこじらせ、出場辞退となった。
そんなことを、ウツラウツラ思い出していると、由紀子が寝返りを打った。
むき出しの白く細い太ももが、華蓮の脚に、しっかりと絡んで来た。
華蓮は、由紀子に注意した。
「やめてよ」
由紀子は、笑った。
「嫌だよ、おチビさん」
香苗も、少し太目の脚を絡めて来た。
「その怒った顏も、可愛いの」
華蓮は天井を見た。(とにかく、心と身体を落ち着けたかった)
話題も変えた。
「ねえ、オケ部の純子部長が入れってうるさい」

由紀子と香苗は、同時に「拒否しなさい」と、脚の力を強めている。
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