第26話 平穏な学生生活が続くが・・・春香とも訣別

文字数 1,349文字

華蓮は、(居候状態)の森本家で、ピアノを一切弾かなかった。
また、森本家も(実は聴きたかったけれど)、華蓮の自由意志を尊重した。
また、華蓮は、音楽そのものを、ほとんど聴かなくなった。
(どうしても、聖トマス学園での嫌な思い出につながるためである)

部活は「読書部」を選んだ。
性に合っていたらしく、かなりのスピードで読書に没頭した。
(興が乗ると、徹夜も厭わなかった)
最初はO・ヘンリーのような短編小説。
その後はドストエフスキーの長編「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」「悪霊」を苦労して読み、今はトーマス・マンの長編小説「魔の山」に四苦八苦している。

高校文化祭でのクラスの出し物「バンド演奏」では、キーボードではなく、コーラスの一人として地味に参加した。
歌声は小声にとどめ(注目されることもなく)無難に終えた。

読書以外には、進学のための勉強しかなかった。
K大付属高校なので、志望は、そのままK大文学部にした。
将来の就職希望は、まだわからない。
ただ、音楽以外とだけは決めていた。
まかり間違っても、山田家には知られたくなかったのである。

時々、従姉の美代子や、幼なじみの佐藤美沙から「ピアノは本当に弾かないの?」と聞かれることがあった。
華蓮の答えは、常に同じだった。
「二度と弾かない」
「ピアノは、母さんとの思い出に封じ込めた」
「今は、本を読みたい」

読書はするものの、自分で文章を書くことは考えなかった。
「その才能は、春香に負ける」
「あえて、下手な意味不明の文を書いて恥をかくこともない」
と考えたのである。

華蓮は、山田家の由紀子や、香苗には、「身の毛もよだつ」が、滝口春香には、悪い感情はない。
実は、たまには話をしたいと思う。
しかし、山田家で買ってもらったスマホは、既に弁護士が解約してしまった。
だから、アドレスもわからず、連絡の取りようがなかった。

そんな平穏な生活がしばらく続き、ハロウィンを過ぎ、街はクリスマスシーズンに入った。
読書部で、クリスマス会(プレゼント交換会)をやることになったので、華蓮は読書部のメンバー3人と、横浜元町に出た。
メンバーの一人、二年生の深田玲奈が、リーダーシップを取ったので、華蓮は(その他大勢の雰囲気)で、ただ後ろをついて歩くのみの状態だった。
いろんな店に入った。
定番のキタムラバッグはもちろんのこと、様々な洋服店、食器店、雑貨店、ユニオンにも入った。
(その中で華蓮は、大きなバニラキャンドルを選んだ)

お昼になり、一行は、深田玲奈が予約済みの、元町裏の霧笛楼(老舗フランス料理)に入った。
予約の席は、三階。(約30名は入る)
オードブル、魚料理、ステーキ等の美味が続き、デザートになった。

窓の近く、華蓮の席から少し離れていた場所から、一人の少女が歩いて来た。
滝口春香だった。
「華蓮君?」(涙をボロボロ流していた)
華蓮は、静かに頷いた。
「そうだけど、何?」(K大学付属高校の読書部の面々も見ている、騒動を起こしたくなかった)
滝口春香は、本当に辛そうな顏をしている。
「ずっと、ずっと、探して・・・」
「スマホもつながらない」
読書部深田玲奈が、気が付いた。
「もしかして・・・新人文学賞の・・・滝口春香さん?」
「ふたりは知り合いなの?」
滝口春香は、顔をおおって泣き出し、華蓮は下を向いてしまった。
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