第29話 滝口春香の落胆

文字数 1,106文字

滝口春香は、霧笛楼を出てから、そして学生寮に戻っても、泣き続けた。

「二度と声をかけないで欲しい」
華蓮に言われたことが、とにかく情けなくて、辛かった。

「また、私の前からいなくなるの?」
「ようやく逢えたのに」
「5歳の時は、突然いなくなって」
「観月音楽会で、ようやく姿を見て」
「神保町で一緒にご飯を食べたのに」
「また、いきなりいなくなって」
「横浜で見つけたら、他人行儀で」

枕に突っ伏して泣いた。
「そんなに、私が嫌いなの?」
「嫌だよ、華蓮、笑ってよ」
「こんなんじゃ、生きていけない」

「横浜を舞台にした高校生の恋愛小説」は、K社編集者田中美咲に、「とても書けません」のメッセージを送った。
K社編集者田中美咲からの返信は、「了解しました、また別の先生を探します」の素っ気ないものだった。

断った恋愛小説だけではない。
滝口春香は、小説そのものを、書く意欲を失った。
「華蓮に嫌われるようなダメ女に、小説を書く資格はないの」

小説を書く意欲だけではない。
食欲も失った。
一日に三食が、二食に減った。(それも約半分残す)
大好きだった甘い菓子も、口に入らなくなった。
(美味しいものを食べる資格がない、と思ってしまった)
当然、体重も減った。
微熱が常に続き、咳き込むことが増えた。
あまりにも咳き込むので、他の生徒への迷惑を考え、聖トマス学園に休学届を提出した。
(当然、聖トマス学園から、両親に連絡が届いた)

滝口春香の父(春雄)と母(香織)は、学生寮から、春香を呼び、問いただした。

春雄
「何があったのか?随分やせて、顔色も悪いが」
香織は、察していた。
「華蓮君が行方不明、それと関係あるのかな」
春香は、母香織の胸で泣いた。
「華蓮君に、嫌われたの」
「もう、二度と声をかけないで、そう言われたの」

春雄も察した。
「もしかして、横浜?」
「確か、叔母さんが、病院を経営していて」
「いずれにせよ、山田屋敷で何らかのトラブル、それで華蓮君が去った」
「華蓮君は、山田家を嫌っている」

香織は、娘春香の背中を撫でた。
「華蓮君は、春香を裏切らないよ」
「きっと、言えないことがあって、恥じていると思うの」
「だから、その思いが強い言葉になった」
「少し間をおいて、そっと声をかけてみたら?」
(春香は、コクリと頷き、母香織の胸で、また泣いた)


さて、滝口春香の「休暇届」は、聖トマス学園副学園長の山田保を、喜ばせた。
「そのまま、退学を強いてもいいな」
「そうすれば、バカ親父がほざいた『春雄の次期学園長』の目も消える」
「退学処分の娘を持つような学園長は、あり得ない」

山田保は、うれしくて仕方がなかったので、秘書課の山岡沙耶を、ホテルに誘った。
(食事に理由にして、抱こうと思っている)
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