第21話 華蓮は鎌倉に

文字数 1,035文字

華蓮は、山田屋敷に戻る気は、一切無かった。
生きているのも嫌になった。
自分を由紀子と香苗に「汚された」、「汚らしい人間」としか、思えない。

「とにかく、のしかかって来た」
「あちこち触られ、むしゃぶりつかれて」
「最後は、ケダモノのように」

誰にも言えないと思った。
言ったところで、誰も聞いてくれないと思った。
「山田家も、杉本家も、聖トマス学園内でも、世間でも超名家」
「森本家は、たかが、平民」

少しだけ気持ちが通じる春香の顏が浮かんだ。
しかし、すぐに顏を横に振った。
「言えないよ、本当のことなんて」
「汚らわしい僕は、もう春香に顏を見せる資格はない」

母の顏が浮かんだ。
「母さん、怒っている」
「情けない子だ、汚らわしい子だから?」
「親子の縁を切る?」
「ごめんなさい、僕が悪い」

華蓮は、いろんな電車を何の考えもなく、乗り継いだ。
気が付いたら、「大船」のコール。
鎌倉行きをここで思いついた。
乗り換えて、「北鎌倉」で降りた。

円覚寺の山門が見えた。
一瞬、入ろうと思ったが、足が止まった。
「お寺に、こんな汚らわしい僕が入ってはいけない」
そのまま、坂道を下り始めた。

いろんな寺が見えた。
明月院は、母と紫陽花を見に行った思い出がある。
母に申し訳なくて涙が出て来た。
「もう、親子ではないんだよね」
「ごめんなさい」
「ダメな、汚らしい子で」
「僕のことは、忘れて」

明月院を通り過ぎてしばらく歩いた。
建長寺や、鶴岡八幡宮にも入らない。
仏様や神様にも、自分を見せられないと思った。
仏様と神様からも、「お前は汚いから来るな」と言われていると、感じた。

小町通りは、外国人観光客で、ごった返していた。
人の顏を見たくなかったので、顏を下に向けて歩き続けた。

江ノ島の海が見えて来た。
空腹も感じ始めた。
でも、すぐに否定した。
「汚れた僕は、この世に生きる価値なんてない」
「誰も、汚れた僕には、料理したくないだろうから」

浜に出て、歩き始めたら、空が曇って来て、風も強い。
「そう言えば、台風が近づいているとか」
5分ぐらい歩いたところで、大粒の雨が降って来た。
傘は持っていない。
大粒の雨と、強い風を避ける場所も、近くにない。
でも、浜から鎌倉の街までの距離をすごく長く感じた。

華蓮は、びしょ濡れになりながら、浜を歩き続けた。
濡れて重くなった砂に足を取られ、何度も転んだ。
だんだん、立ちあがる気力も失せた。
「生きる気力もないのに、立ちあがる必要もない」
「このまま、流されて死んでも、誰も気にしない」
華蓮は、そのまま目を閉じてしまった。
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