第40話 滝口春香の墓参

文字数 901文字

三月下旬、すでに桜が咲き始めている。
横浜鶴見の総持寺の広大な墓地に、滝口春香が訪れた。
聖トマス学園の制服を着て、大きな花束を持っている。

そのまま、森本家の墓の前で泣き始めた。
「華蓮!何で?」
「本当に死んだの?」

(聖トマス学園は、華蓮の死を、一切秘密にしていた)
(春香が知ったのは、父春雄が内密に、しかも最近知らせた)
(実は今日の墓参に由紀子と香苗も誘ったが、断られた)
(由紀子は、婚約者⦅文部省官僚⦆とのデートを優先した。死んだ人間には興味が無いと笑った)
(香苗には、「お花見音楽会の練習」と、冷たい顔で言い切られた)

春香は、墓誌に書かれた華蓮の名前を何度もなぞって泣いた。
「嫌だーーーー!」
「華蓮、将来結婚するって約束したでしょ?」
「ずっと楽しみで、私、本気だったのに!」
「やっと逢えたと思ったら、すぐにいなくなって!」
「また逢えたら、避けるし・・・」
「今度は死んでるし」
「もう!どうしたらいいの?私の気持ち!」

春香の目は潤み過ぎて、全てが、おぼろげにしか見えない。

耳に、華蓮の声が聞こえたような気がした。
「この世は、こんなもの」
「僕の運命も、こんなものだった」
「もう、泣かないでよ」

春香は、懸命に目を開けた。
そして、驚いた。
「華蓮!そこにいるの?」
華蓮が、おぼろげながら、聖トマス学園の制服を着て、立っている。

「ああーーー!華蓮!逢いたかった!」
春香は、むしゃぶりついた。
(華蓮の身体の「実感」もあった)
その「実感」の中、しばらく泣いた。

春香の首筋に、冷たいものが、落ちた。
「え?」と思って見たら、赤い「血」だった。

もう一度、華蓮を見た。
春香は、全てを悟った。
「それ・・・由紀子の部屋の花瓶の・・・」
(華蓮の首に、由紀子の花瓶の破片が突き刺さっていた)

首から血を流したまま、華蓮が笑った。
「ありがとう、春香、好きだよ」

春香は、再び華蓮を抱き締めようとした。
しかし、今度は、何も実感がない。

再び号泣となった春香の頬に、何か柔らかくて甘い感覚。
「華蓮なの?キスしてくれたの?」

春香は目を開けて、キスの感覚が残る頬に触れた。
散ったばかりの桜の花がついていた。

                    (完)
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