第10話  専務理事山田保の憂い

文字数 1,128文字

同じ時間、聖トマス学園専務理事山田保は、長年のなじみの音楽系雑誌記者神尾由雄の取材を受けていた。

雑誌記者神尾由雄
「聖トマス学園様には、いつもいつも、高額な広告料をいただきまして、当出版社は、心より感謝しております」
(専務理事山田保は、表情を変えない)(軽く頷くのみ)

雑誌記者神尾由雄は続けた。
「それにしても、昨晩の観月音楽会は、見事でした」
「ラスト三曲は、まさに素晴らしかった」
「会長のお孫様の由紀子様の澄み切った演奏」
「外孫で、コンクール一位の香苗様の、夢幻の調べ」

雑誌記者神尾由雄の目の力が強くなった。
「そして・・・森本華蓮君は・・・初めて聞きましたが・・・」
「音楽の神が、舞い降りたような」
「深く、重く、それでいて清らかで・・・」
「いったい・・・どのような・・・ご関係で?」

専務理事山田保は、神尾由雄を手で制した。
「神尾さん、そこまで褒めていただいて、ありがたいが」
「何分、個人情報には、厳しい時代」
「出身地も住所も、家族についても、お話できません」
「単なる音楽科の生徒の一人で、特別に公表できることはありません」

雑誌記者神尾由雄は頷いて、小声になった。
「もちろん、その事情は、存じております」
「ここで、お聞かせいただいたとしても、記事にすることもありません」
「ただ・・・」
(雑誌記者神尾由雄は、ますます小声、声も低くした)

「かつて・・・日本における最高のバッハ演奏家が、森本華純さん」
「惜しくも、一昨年お亡くなりになって」
「私も、葬儀に参列しましたので、覚えております」
「その際に、山田剛士学園長が、ご挨拶」
「その隣に、華蓮君が立っていました」

専務理事山田保は、苦し気な顔になった。
「神尾さん、言えないこともある」
「だから、決して騒がないで欲しい」
「確かに無関係とは言わないが・・・」

雑誌記者神尾由雄は、頷いて話題を変えた。
「華蓮君は、コンクールには出ます?」
「去年は、直前になって、病気の理由で出場辞退でしたよね」
「我々音楽業界の人間は、昨晩の演奏も聴いておりますので、期待する人も多いのですが・・・」

専務理事山田保は、ますます苦し気な顏になった。
「どうなることやら」
「学園長も、私も勧めてはいるのですが」

雑誌記者神尾由雄は、首を横に捻った。
「本人が・・・その気がないと?」
「何か、理由があるのですか?」

専務理事山田保は、深いため息・
「コンクールどころか、ピアノも音楽もやめたいと」
「文学科に進みたいと」

雑誌記者神尾由雄も、頭を抱えた。
「あれほどのスターがいなくなる?」
「文学・・・それは・・・」

専務理事山田保
「だから、慎重に彼を見守っているのさ」
「すごくナイーブな子だよ、それもあって、今は騒がないで欲しい」

雑誌記者神尾由雄は、深く頷いている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み